♯4. Kind Of Blue(本当に、いろんな人物と出会ったものだ。)
「まっ、いいか。何かあれば、向こうから言ってくるはずだし」
わざわざ虎の尻尾を踏みにいく必要はない。まぁ、既に。その尻尾に爆竹をつけて火をつけた感はあるけど。細かいことは気にしない。
……それにしても、とは思う。
この学園に来てから。
いや、こんな状況になってからというもの、本当にいろんなことがあったな。
思わず苦笑しながら、自分の身体を見下ろす。
ナタリア・ヴィントレス。
この身体の本来の持ち主であり、今も心の奥底で眠っている眠り姫。平凡で、どこにでもいるような普通の少女。彼女に、この身体を戻すことが、私の最終目標と言ってもよい。
「そんな私だというのに、どうしてこうも変な連中と縁ができるというのか」
時計塔の『No.』たちだけなら、まだよい。
他にも、常識から外れた馬鹿たちがたくさんいる。
『No.』の護衛である黒服兄弟のペペとナポリ、
そして、本職の悪魔狩りである『13人の悪魔を狩る者』の、狙撃手のスナイベルと、爆炎のミリアさん。他にも、首都の街で知り合った、彼らの元・『No.』の仲間である、アンジェちゃん、ジンタ君。銃職人のジョセフ爺や、敵であるはずの悪魔卿のエドガー・ブラッド卿。
本当に、いろんな人物と出会ったものだ。
「はぁ。自分の周りの奇人変人なんて、私の上司だけで良いのになぁ」
そして、忘れてはいけないのが。
……東側陣営のスパイの上司である『S』主任だ。
あの鬼上司は、死体相手でも激務を押し付けるような人だ。私の元の身体が瓦礫に潰されたときいて、ホルマリン漬けにして部屋に飾ろうとするほどだ。あの人の命令であれば、心の底からの善人である私でも、心が灰色に荒んでしまうというもの。ちなみに、前回。任務を失敗して嫌味を言われた仕返しに、主任のコーヒーの中に大量の塩をぶち込んでやったので、しばらく顔を合わせないほうがいいだろう。
「まっ、こんな陳腐な出会いなんて、もうないでしょ。……さぁて、そろそろ教室に戻ろうかな」
パンの紙くずをポケットに入れて、屋上を後にしようとする。
風が吹き、枯葉が舞う。
やがて校内へと続く扉に手が触れて、……そのまま指からすり抜けた。
……ん?
……あれ?
私が訝しむのと同時に、異変の片鱗のようなものに気がつく。
体が、透けてる?
いったい、なぜ?
そんな疑問を自身に問うこともできず、思考は空虚な闇へと引きずり込まれていく。
私の指先が、わずかに透けてきていたのだ。足先から、髪の毛の先端まで。少しずつ彼女の存在が消されていった。その現象は止まることなく、やがて。
……風がふく。
……孤独と寂しさをのせて。
やがて、学園の校舎には。
誰もいなくなっていった―