♯3. Kind Of Blue(本当に、いろんな人物と出会ったものだ。)
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「せんせー。私の名前を飛ばしてますよー」
体育の授業。
いつものようにサボろうとしていた私だが、運悪く教師に見つかってしまい、仕方なく学園指定のジャージに着替えて、グラウンドに立っている。今日の授業は走り幅跳び。なのだが、この体育教師ときたら。私がいるというのに、次の生徒の名前を呼びやがった。
まったく。こんなにも可愛らしい女子生徒のことが目に入らないとは。お前の目は腐っているぞ、と問いかけたくなる。
……まぁ、私自身が平凡な外見であることは棚に上げておくとして、だけど。
「むぅ。それにしても、今日はこんなことばかりだなぁ」
軽く謝罪してきた体育教師に免じて、ちゃんと授業は受けてやるしよう。
たったった。
とんっ、……べちゃり。
着地に失敗。というか思いっきりバランスを崩して、お尻から砂場にダイブしてしまう。あー、くそっ。恥ずかしいな。こんなことでは、クラスの笑いものになってしまうじゃないか。
恥ずかしさに顔が赤くなる。
だが、奇妙なことに。私のことを見ている人間はどこにもいなかった。ここまで派手に失敗したら、誰かしらの目に留まりそうなものなのに。
「……むむ。いったい、なんだっていうんだ?」
私はお尻の砂を払いながら、再びクラスの列に並び直す。
それからも、私に声をかけるものは誰もいなかった。
元々、私はボッチだ。
クラスでも孤立しているといっていい。それでも、最近ではちょくちょく会話することも多くなってきたし、友達とまでは呼べなくても、親切にしてくれるクラスメイトはいる。
だが、お昼休みになっても、それは変わらず。
昨日、一緒にお弁当を食べようと言ってくれた女子たちまで、私のことを忘れているかのように教室から出ていってしまった。
「ぐすん。いいもん、ひとりでも」
涙が零れそうになるのを必死に堪えながら、校舎の屋上でパンをかじる。
灰色の空。
少し冷たい風。
どこからかJAZZの演奏が聞こえる。
ここから見える風景は、すごく近くに見えて、それなのにとても遠い。
どうしようもなく、私は一人なのだと思えてしまう。
……ナタリア・ヴィントレスは、ごく普通の女子学生だ。
綺麗な銀髪をした年頃の少女。首を捻るたびに、銀色の髪がわずかに揺れる。それも最近では、あまり気にならなくなった。半年ほど前の、とある事件を切っ掛けに、少女の身体を間借りして生きている。
それが、私だ。
東側陣営のスパイであり、自分でも求めていないのに、悪魔に関わる様々な事件に巻き込まれてしまっている。それだけの善良な一般市民だ。平凡という言葉を辞書で調べたら、きっと自分の名前が出てくるに違いない。
「はぁ~、寂しいよぉ~」
泣きそうな声が出てしまった。
屋上から見える風景といえば、見慣れた首都の景色だけ。あえて特筆するといえば、この学園の敷地内にある大きな『時計塔』だ。普通の生徒は立ち入りが許されず、教師でさえ内情をしっているのは一部だけだろう。
その時計塔こそ、この首都の影に潜む。
悪魔を倒すための秘密組織『No.』のアジトなのだ。その『No.』の仲間として、いろんなことを経験した。写真の中に閉じ込められたり、オペラハウスの変人を狙撃したり、美術館では建物が半壊するまで死闘を繰り広げた。思い返してみても、ロクなことはなかったなぁ。
それもこれも、『No.』のメンバーたちが、どいつもこいつも常識離れしている阿呆どもだからだ。ミーシャ先輩に、カゲトラ、アーサー会長と。平凡を地で行く私にとって、彼らの存在は劇薬でしかない。よく今まで生きてこられたものだ。
「あ、そういえば。アーサー会長から借りた大金、まだ返していなかったっけ。……まっ、いいか。このまま踏み倒そう」
先週の任務を思い出す。
とある屋敷に潜む悪魔を倒すために、その屋敷ごと買い取ったのだ。そして、売買契約が成立した瞬間に、屋敷を爆破。木っ端微塵に吹き飛んでいく瓦礫と共に、潜んでいた悪魔が悲鳴を上げていた。
その悪魔を消音狙撃銃でハチの巣にしてやったのだ。短期決戦で決着がついて、報酬のお小遣いも貰えるなんて、我ながら頭が良いと思ったのだが。
後に待っていたのは、アーサー会長の名前を勝手に書いた売買契約書類と、そのアーサー会長の静かなる微笑みだった。
ハッキリ言おう。あれは、ぶちキレていたね。
何か言われる前に、即座に退避。
それ以来、怖くて時計塔には顔を出せないでいる―