#8. Welcome to …(ようこそ。問題児ばかりの秘密組織へ)
襲ってくる悪魔の大蜘蛛に向けて、引き金を引く。
パンパンッ、と軽い銃声がして、蜘蛛の頭は大きくのけぞった。
だが、やはりというべきか。
この程度の威力では、この悪魔を倒すことはできなかった。頭を撃たれたはずの大蜘蛛は、わずかに態勢を崩しただけで、すぐに起き上がってくる。
「ちっ、やっぱりダメか!」
私は慣れた手つきで、銃弾を再装填。
周囲の危険に視線を配りながら、再び大蜘蛛に向けて銃を構える。そんな私に、さっきの黒服たちが両脇から援護につく。
「ひゅー、やるな。なかなかいい腕をしてるじゃねーか」
「だが、残念だったな。そんな威力では、奴らを倒すことはできない。悪魔を倒すには大口径の銃火器か、もしくは『銀』の銃弾が必要だ」
そう言って、黒服たちは口笛を吹きながら。彼らが手にしていた物騒な銃を悪魔たちに向ける。そのまま息を合わせて、次々と銃弾を放っていった。ダンッ、ダンッ、ダンッ、と無駄撃ちもせず、正確にヘッドショットしていく。
「ケタケタケタ、無駄だ! ガキ共め。俺様たち悪魔に歯向かったことを後悔しながら死んでいけ!」
最初に窓から入ってきた悪魔が、耳障りな声で笑っている。
だが、そちらへと見るほどの余裕もない。私は自分の身の安全のために、必死になって『デリンジャー』を撃ち続ける。
「(……くそぅ! こんなことなら、『S』主任に、もっと強力な武器を申請しておくべきだった!)」
私が心の中で悪態をつくと、今度はゼリー状の悪魔が身震いをさせて、こちらへと襲い掛かってくる
……やばっ、これは避けられない。
私は思わず身構えてしまう。だが、その直前。予期せぬ方向から声をかけられていた。
「あー、うるさい」
声の主は、ソファーでくつろいでいた黒髪の少女だった。彼女は不機嫌そうに呟きながらも、ゆっくりとこちらに歩いてくる。そして、ブツブツと呪文のようなものを口にすると、……足元に、淡い輝きをまとわせた。
それは、円形の幾何学模様。
この国では珍しくはない特別な才能、……『魔法』だ。彼女が足元に展開させているのは、魔法を使う前に発現する魔法陣であった。
「消えなさい、このクズ悪魔が」
そして、黒髪の美女が、淡く輝く手で、そっと悪魔をひと撫ですると。ゼリー状の悪魔は、奇声のような声を上げて消滅していった。
「……は」
また、理解が追い付かない。
さっきの不良の男子生徒といい、この黒髪の少女といい。常識の斜め上を、軽々と越えていく。ぽかん、と口を開いたままの私に、アーサー会長が微笑みながら声をかけてくる。
「あぁ、まだ君には紹介していなかったね。彼女の名前は、ミーシャ。皆からは、ミーシャ姫と呼ばれて親しまれているよ」
アーサー会長の軽妙な声に、ミーシャと紹介された美女は彼を睨む。
「ミーシャは、この学園の三年生だから、君の先輩だね。少し前までは進学科の優等生だったんだけど、セクハラ教師を病院送りにしちゃってね。今は普通科でのんびりやっている。……あぁ、特技は悪魔をブチ殺すこと。性格以外は完璧な『悪魔殺し』だよ」
「……は?」
「そして、最初に悪魔を殴り飛ばしたのが、カゲトラ・ウォーナックル。君と同じ普通科の二年生だね。『スレッジハンマー流喧嘩術』の使い手で、素手で悪魔をぶっ飛ばすことができる。まぁ、この間まで警察の留置所にいたけど、あまり気にしないであげてね」」
「はぁ!?」
なんだ、こいつら!?
まともな人間が、ひとりもいないじゃないか!? てか、この黒髪の美女さん。廊下でぶつかりそうになって、パンを落とした人じゃないか。まさか、こんな危険人物だったなんて!
「くっ、だとしても! この状況を何とかできるわけが―」
この場に呼び出された悪魔の数は30体。
特殊な能力を持っている人間がいたとしても、とてもじゃないが、どうにかできるわけがない。何とかして悪魔を退ける方法を、……いや、最悪の場合は、全員が逃げられるように逃走経路を確保しなくちゃ。
そんなことを、考えていた。
人間では悪魔に勝てない。そんな常識が私にはあった。
当然だろう。相手は悪魔だ。異形の怪物。常識から外れた存在。人間が戦っても勝てるわけがない
……そのはずだった。
……そう、あるべきだった。
……否。そうでなくてはいけないのだ。
異形の悪魔たちに囲まれて、まともに生き残れる人間など、どれほどいるだろうか。
アーサー会長も、あの火傷の跡のある不良男子も、黒髪の美女先輩も。やたら冷静だったけど、どんな苦戦をしいられているのか。私は恐る恐る、そちらのほうを見る。
……見てから、すごく後悔してしまった。
「おら、おら、おら! 悪魔だか何だか知らねーが、ウチの大将に手を出そうなんて。良い度胸じゃねーか。あん?」
「ぎゃぶっ! ごふっ! あぎゃぱ! ……す、すみませんでした。二度とこんな真似をしないんで、許してくれませんか? いや、ほんとマジで」
最初に窓から飛び込んできた、四本足の異形の悪魔。
その悪魔が、床に倒されたまま、ボコボコに殴られていた。あの顔に火傷の跡がある不良男子が、悪魔に馬乗りになって、無表情のまま見下ろす。
「あ? よく聞こえねぇな? もっとハッキリと言えや」
ああ、無情。
私の目の前に広がっている光景は、命乞いをしている悪魔の姿だった。
よくよく見渡せば。他の悪魔たちも、見るも無残な姿になっていた。上半身が壁にめり込んでいる奴。天井から白目になってぶら下がってる奴。部屋の片隅でぶるぶると震えている奴。両手を胸に当てて昇天しかかっている奴。
「(……あれ? あれれー、おかしいなぁ。悪魔との戦いって、もっと違うものを想像してたんだけどなぁ」」
呆然としている私を見かねてか。
黒髪のミーシャ先輩は、気だるそうに言った。
「まぁ、何の計画もなく。ここを襲撃したところで、結果はわかりきっていたけどね。この『時計塔』に所属している『No.』は、それこそ常識の通じない問題児ばかりだからさ」
そうやって話している片手間に、割れた窓から逃げようとする悪魔にトドメを刺す。彼女の手に触れた途端、悪魔は悲しそうな悲鳴を上げて塵へと変わっていく。
逃げ道を探して慌てている悪魔たち。だが、逃げ場などない。ここにいる彼らの視線が、それを物語っていた。
……この国に実在した『悪魔』の存在。
……そして、そんな悪魔と戦う。時計塔の『No.』と呼ばれる学園の生徒たち。
悪魔たちが泣きながら逃げている姿を見て、上司の『S』主任になんて説明すればいいのか、私は頭を悩ませてしまう。うーん、ありのままを報告したところで、絶対に信じてもらえないだろうしなぁ。自分の置かれた状況。少女になってしまったスパイとして、果たして何をするべきか。
もっとも、本当の意味で。
自分の置かれた状況を知るのは、このすぐ後のことなのだが。
「やれやれ、礼儀のないお客さんたちで困ったものだよ。怪我はないかい、ナタリアさん?」
「え、えぇ。大丈夫です」
そう言って、私は。
無警戒にも、この王子様のようなアーサー会長が差し出した手を取る。
そして、ぎゅっと手を握られた。
もう、離さない。と言わんばかりに。
「ふふふ、君も災難な人間だね。僕も同情してしまうよ」
にこっ、と黒光りする微笑みを浮かべながら、アーサー会長は続ける。
「でも、知ってしまったからには仕方ない。君には、僕たちの手伝いをしてもらうからね。もちろん、拒否権はないよ。逃げ出そうとしたなら、地獄の果てまで追いかけて、ここに連れ戻しにいくから」
「へ?」
さぁぁ、と私の顔から血の気がなくなっていく。
悪魔たちの泣く声が、遠くに聞こえるほど。
「ふふ、ようこそ。ろくでなしの問題児をかき集めた、時計塔の『No.』へ。銃の扱いには慣れているみたいだし、歓迎するよ。君のことは奴隷、……いや、大切な仲間としてコキ使ってあげるから」
放課後は、必ずここに顔に出すように。いいね?
そんなお願い(という名の脅迫)と突きつけられて、ぺたんと地面に座り込む。こんな化け物みたいな人たちと、一緒に行動しろと!?
黒い微笑みを浮かべている、王子様のようなアーサー会長。
逃げる悪魔を執拗に追いかけている、火傷の跡のあるカゲトラ。
もはや、何事もなかったようにファッション雑誌を広げている、長い黒髪のミーシャ先輩。
そんな部屋の中でも、清掃班とやらと無線で連絡を取り合っている、二人の黒服たち。
「(……あ、これ。絶対にダメなやつだ)」
その日、私はめでたく。
悪魔と戦う組織、『 No. 』の下っ端として、無理やり協力させられることになった。
さようなら、私の平凡な日常。
そして、こんにちは。狂ったような騒がしい非日常。
「(……ぐすん。泣いてもいいよね。だって、女の子だもん!)」
Chapter 2:~NO.(ナンバーズ。問題児ばかりの秘密組織)~
―了―




