#1.Tank!①(オウガイ・モリ・ブラッド卿は、新しい玩具で遊びたくて仕方ない)
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「さて。こうして皆々が顔を合わせるのは、いつ以来でしょうか?」
浅黒い肌の男が、嫌味な笑みを浮かべながら口を開く。
第一印象は、異国情緒のある美青年。浅黒い肌に色気のある流し目。高級ホテルのドレスコードでも通用しそうな燕尾服を着ていて、瞳の下には逆向きになった星が刻まれている。
どんな女性でも恋に落ちてしまいそうな、そんな悪魔のような美貌の男であった。
否、男は悪魔だった。
二年前に起きた、とある怪奇事件。『悪魔の証明事件』。その出来事により、この首都には悪魔が溢れるようになっていた。自分たちの快楽を求めて、社会の裏で暗躍する悪魔たち。人間たちを利用して、ひっそりと自分たちの欲望を満たす。そして、そんな悪魔さえ恐れているのが、この場にいる五人の悪魔卿たちだった。
人類の敵。
あらゆる悪魔の超越存在。
悪魔を討伐する秘密組織である、13人の悪魔を狩る者でさえ勝つことができない。
悪魔卿たちは、それぞれ相手を見下すような態度で言葉を交わしている。そして、お互いのことを嘲笑して、静かの罵倒する。
……彼らは、とても仲が悪かった。
「ふん、嘆かわしい。このようなことに時間を割かなくてはならんとは」
「……、……」
「ふふっ。ルートヴィッヒ卿は今日も無言ですか。聴覚を失った卿には、同類である某も胸を痛めます」
そう言ったのは、東洋風の服装をした悪魔卿だった。
オウガイ・モリ・ブラッド卿。
人間の書く文学をこよなく愛し、それを貯蔵・保管することに異常な情熱を注いでいる悪魔卿だ。外見は、純朴そうな文学青年。袴と呼ばれる東風の装いに、大きな円眼鏡。彼の名前も偉大な文豪から拝借している。
それほどまでに、人の文学を愛して、文学のある世界を慈しんだ。
「皆さまも、心を落ち着けるために文学を嗜んでみてはいかがです。ちょうど、ここに『こころ』という名作がありますよ?」
オウガイ・モリ・ブラッド卿が丸眼鏡の奥にある瞳を、優しそうに細めた。
……悪魔卿たちは、歪んだ愛情を抱えている集まりだ。
最初に口を開いた浅黒い肌をした男、悪魔卿のエドガー卿。絵画などの芸術に趣向を持っていて、国立美術館を襲撃しておきながら、そこの名誉鑑定員もしている。
獣の骨を被って何も喋らない男、悪魔卿のルートヴィッヒ卿。人間の復讐心に最大限の敬意を払っていて、今も死にかけている青年に己の能力の一部を分け与えている。
そして、もう一人。
眉間に皺を寄せて、事あるごとに溜息をつく悪魔卿が、何度目になるかはわからない悪態をつく。
「ふん、無駄話は必要ないだろう。まったく、嘆かわしい」
外見は、老年の紳士だった。
厳格な顔つきに、落ち着いた物腰。人間にしては身長が高く、体格も良いが、整った身なりが、さらに厳格な雰囲気を強くさせている。
彼の名前は、悪魔卿のヴィルヘルム卿。他の悪魔卿とは異なり、人間と協力して活動する悪魔であった。
「さっさと要件を言え。このたわけが。儂とて暇ではないのだ」
老紳士の悪魔卿が痺れを切らすと、彼らを招集した男が肩をすくめながら口を開く。ゆらゆらと袴の袖を揺らしながら。
「やれやれ、ご老体はせっかちで良くない。試しに、某が愛好している書物でも読んでみたら如何かな? これなぞ、オススメですよ。極東の島国でベストセラーの『吾輩は猫である』―」
オウガイ・モリ・ブラッド卿が何もない空間から一冊の書物を取り出すと、厳格な老紳士の元へと滑らせる。
その直後。
黒い炎によって、本が燃え尽きた。
瞬く間に灰になっていく書物の奥には、獣の骨を被った悪魔卿が無言で睨んでいた―