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♯5. Eyes On Me…(それは、まさに一瞬の決着で…)


 顔色が真っ青になっていく、西側の男。

 片耳の通信機に手を当てたまま、無言のまま固まってしまっている。


 その様子を見て、銀髪の少女ナタリアは。

 ……そっと目を逸らしながら、全力で他人のフリを演じるのだった。


「……私は関係ない、私は関係ない、私は関係ない」


 ブツブツと呟きながら、どうか自分の知っている人でないことを祈る。

 いつもサドスティックな笑みを浮かべて、弱いものが趣味の最低な人で、部下のことを奴隷のようにしか思っていない、そんな絵本に出てくる魔女のような上司が、まさか、そんな―


 ナタリア・ヴィントレスは、自分とは無関係であることを懸命に願った。

 だが、現実はあまりにも非情で―


「大変だーっ! 下の階で見張りをしていた奴らが、ドメスティックな笑みを浮かべて弱いもの苛めをしそうな妖艶な美女に、次々と倒されていって。今、ここに向かっているらしいぞ!」


 西側のスパイの一人が、階段を駆け上がりながら叫んだ。


 激震が走る、西側のスパイたち。

 状況が掴めていない、クズダルク書記官。

 ストレスでお腹が痛くなる、ナタリア・ヴィントレス。

 キリキリと胃がきしむのを耐えながら、それでも他人の仕業であることを祈って。その階段を駆け上がってきたスパイのほうを見ると―


 ぱくんっ。

 と、何か黒い影のようなものが階段から飛び出してきて、その男を飲み込んでしまった。


「……え」


「……なにが、起きた」


 目の前の光景に、頭が理解できず。

 その場にいた全ての人間が、声も出すこともできず固まってしまった。唯一、ナタリアだけは何となく色んなことを察していた。


 ナタリアは、自分の上司が戦うところを見たことがない。


 いつも偉そうに自室でふんぞり返って、口を開けば無茶な命令ばかり。ノイローゼを拗らせて祖国に帰る者や、女性不審になってしまった同僚も少なくない。彼女の直属の部下は、今やナタリアくらいであった。


 それでも、たまに思う。

 混沌を極める、この時代で。あれだけ自分勝手に生きてこられた彼女が、……まともな人間であるはずがない。絶対に、戦闘の手練れプロだ。


「……おや、こんなところにいたのか。私の可愛い部下である、ナタリア・ヴィントレスよ」


 色気のある声が響いて、その女性が階段をゆっくりと上がってきた。


 刃物のように細められた目に。

 買ったばかりの新品の眼鏡。

 そして、赤ワインで染めたかのようなワインレッド色のコートを揺らして。その女性、『S』主任は妖艶に微笑んだ。


「遅刻は大罪だと、あれだけ言っておいたのだがな。これは、お仕置きが必要なのかなぁ? なぁ、ナタリアちゃん?」


「……シリマセン」


 額に脂汗をかきながら、少女は必死に目を逸らす。


「……ワタシハ、フツウノ、オンナノコ。……アナタノ、コトハ、シリマセン」


「あら? 別にいいのよ、このまま放置して帰っても?」


「嘘ぴょ~んっ!! いやー、さすが主任! 私はずっと信じていましたよ、主任なら絶対に助けに来てくれるって、いや本当にマジで!」


 高速なる手の平返し。

 ナタリアは瞬時に最高の接待スマイルを浮かべて、にぎにぎしく両手を揉む。……いやー、主任の部下で私は幸せです。どこまでも着いていきますよ。だから、ここから助けてくれませんか? あっ、もしお財布を持っていたら、喉が渇いたのでオレンジジュースを買ってきてください。


 しれっと、自分の要望まで口にする銀髪の少女。


 そんな自分の部下を見ながら、『S』主任は魅惑の溜息をつく。それでもナタリアの体中に、小さな擦り傷ができていることを見逃さなかった。


「やれやれ。支部に帰ったら、ドジを踏んだ反省会と、女として自分を大切にする生き方を、その体に叩き込んでやるからな」


 えーっ、と不満そうな声をあげる銀髪の少女。

 そんな部下から目を離して、『S』主任はモデルのようなランウェイ・ウォークで蠱惑的に歩き出す。すると、彼女の影がわずかに遅れて動き出していって―


 ぺぇっ。

 と、影が先ほど飲み込んだ男を吐き出した。吐き出された男は、なぜか全裸にされていて、引き締まった尻を気絶した状態で晒している。


 ここより、下の階にいたスパイたちも。

 その全員を飲み込んできて、そして全裸にして吐き出していた。


「……イマイチね。12点」


『S』主任は男の尻を眺めて、謎の点数をつけると。今度は、この場にいる西側のスパイたちを見渡す。


 ぞわりっ、と男たちの尻に鳥肌が立った。


「はぁーい、西側のイケメンたち。本当は、あなたたちの尻もじっくり鑑賞したいんだけど、ごめんなさいね。今は先約がいるみたいで」


 その場に集っている西側のスパイの精鋭たち。

 彼らのことなど眼中にないように(……いや、本当は興味があるらしく。未練がましく男たちの、特に西側の男をチラチラと見ながら)、『S』主任は、その人物と向かいあう。


 本日の10時。

 首都の駅前で接触する予定であった。

 西側の重要人物、……クズダルク書記官だ。


「初めまして。東側の諜報部より指示を受け取った者です。あなたが、クズダルク書記官で間違いないですか?」


 主任の問いかけに、彼はにやにや笑いながら答える。


「んー、そうだね。僕を東側に亡命させてくれるんだよね?」


「それは、あなたがリークする情報によります。予定では、政府の重要書類を貰うことになっていますが」


「あぁ、そうだったね。……ほら、これだよ」


 そう言って、書記官が取り出したのは。ネクタイの裏に隠された極小のマイクロフィルムだった。


「その小さなフィルムに、大切なことを全て記録してあるからね。大事にしてよね。マイクロフィルムはデリケートだから。間違っても踏んじゃうことのないように―」


「えぇ、そうですわね」


 そうやって、『S』主任は微笑みながら受け取ると。

 何の迷うこともなく、その小さなフィルムを地面に落として踏みつけたのだった。くしゃ、と小さな音がした。


「なっ!?」


 驚くクズダルク書記官。

 もっと驚く西側のスパイたち。

 何があっても東側に情報を渡さないように、書類やフィルムの破棄をメインミッションとしていたのが、それを東側の関係者である『S』主任の手によって行われたのだ。


 主任は、妖艶に微笑むと。

 ワインレッドのコートを揺らして、自分の影へと手をかざす。


「……悪いけど、取引は無効よ。私の可愛い部下に手を出した罪は、あなたが思っているより重いのよ?」


「な、なんということを。貴様は、これがどれだけ重要や取引だったのか、理解できているのか?」


「理解? そんなもの必要ないわ。だって、あなたは最初から、……この場所にいなかったことになるんですもの」


 ぐるる。

 と、どこからか獣のような唸り声がする。『S』主任の影から、妖しく輝く二つの瞳が。目の前の男へと向けられていた。


「は、ははっ。この僕と戦おうというのかい? ……いいだろう。貴様もなにか特別な力を持っているらしいが、それは僕も同じなんだよ!」


 クズダルク書記官が大きく髪をかき分けて、隠していた本性を剝き出しにする。

 彼の背後に隠れていた闇が、どんどん大きくなっていく。そこから異形の存在の腕が這い出てきたのだ。邪悪な思念を憑りつかせた、恐ろしい外見だった。


「はははっ! 貴様にも教えてやろう! この国の裏側には、多くの闇が隠れている。人の怒りや憎しみ、妬みを餌にして、そいつらはどんどん強くなっていく。……そう、『悪魔』の力だよ!」


 ……圧倒的な威圧感だった。

 異質な存在が現実を浸蝕していくようで。


 やがて、大きな異形の腕は。

 クズダルク書記官の指示を待つように、彼の体にもたれ掛かっていく。悪魔と契約していた書記官が、不気味な声で笑った。


「太古の神話から語られてきた闇の存在。人々は、その存在を恐怖して、恐れてきた。……はははっ、知るがいい! これこそが僕が契約した『悪魔』だ! 貴様のチンケな魔法など、あっという間に叩き潰して―」


 ぱくんっ。

 と、心地よい音がして。

 クズダルク書記官は、『S』主任の影に飲み込まれていた。


 それは、まさに一瞬の決着だった―


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― 新着の感想 ―
[一言] 悪魔より悪魔らしい人がまたいたよ(汗
[一言] クズダルクさん、悪魔対決に持ち込む前に喰われた。 そして主任は尻フェチ。
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