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♯6. Honey-Syrup days(蜂蜜色の日々)


 五日目。

 六日目。

 七日目。


 そして、八日目。

 その洋菓子店には、……お客で満員になっていた。


 綺麗に改装された店内には、ぎゅうぎゅう詰めになった客たちが、我先にへと前に進んでレジを目指している。それだけではなく、店のそとにも客足が途絶えることなく、先日のトラックの事故から車両通行が禁止された通りに行列ができていた。


 その全てが、男だった。


 血走った目に、正気を失った野郎どもが、洋菓子店へと吸い寄せられるように向かっていく。もはや、集団催眠の類なのではないのか、と疑いたくなる光景だ。そして、その集団の中心には、……彼女がいた。


「はいはーい! 今日の看板メニューは、『美少女の手作りシュークリーム』になっています! 彼女たちが頑張って焼いたシュークリームが食べたい方は、どうぞ列の最後尾にならんでくださーい!」


 声を張り上げているのは、銀髪の少女だった。

 年相応に愛らしく、アンジェやミーシャとも引けを取らないほどの可憐な容姿であった。


 彼女の名前は、ナタリア・ヴィントレス。

 どこにでもいる、普通の女子学生だった。


 ひょこひょこと揺れる銀髪のツインテールに、可愛いとしか表現できないようなウェイトレスの恰好。短くしたスカートを揺らしながら、先ほどシュークリームを買ったばかりの男性客を、列の最後尾へと誘導していく。


 よく見れば、行列を作っている男性客たちは、皆同じようにシュークリームを頬ぼっていた。行列に並び、シュークリームを買って、そのまま最後尾へと誘導され、シュークリームを食べながら列に並ぶ。


 買う。

 食う。

 並ぶ。


 買う。

 食う。

 並ぶ。


 永久機関の完成であった。


「ほら、そこは列を崩さない。あ、ゴミは店の前のゴミ箱に入れてね。はい、5秒経過。次のお客さんに譲ってください」


 客たちがここまで心酔、……もとい夢中になるのは理由があった。

 それこそ、レジの隣で商品のように並んでいる少女たちだった。


「うぅ~、なんでこんなことを~」


「ぐぬぬ。だから、嫌だったのよ」


「えへへ。ウチは楽しいですよ?」


 シュークリームを買った客には、ある引換券をサービスすることになっている。それこそ、この首都が誇る美少女たちと、5秒間だけ見つめることができる、というサービス券だ。握手すら許さない。見えないフィルター越しに応援して、彼女たちと同じ世界に生きていることを感謝する。そう、ここにいる男たちは、高度に訓練された限界げんかい野郎オタクたちだった。


 もちろん、彼らを訓練したのは。

 ナタリア・ヴィントレスに他ならないのだが。


「お前ら、美少女を愛でたいか!」


「「応ッ!」」


「お前ら、美少女と同じ空気を吸いたいか!」


「「応ッ!」」


「よし、良い心がけだ! いいか、お客様ども! スマイルは無料じゃない。彼女たちがお前らに微笑んでくれるのは、シュークリームという代償があってのこと。この世に無償の愛は存在しない! さぁ、シュークリームを買え! 買って、列に並んで、買って、列に並べっ! お前たちの愛が、彼女たちを笑顔にするんだぞ!」


「「応ッッ! 我らの愛は見返りを求めない!」」


 熱狂が渦巻いていく。

 狂気が洋菓子店を支配していく。

 そして、シュークリームが馬鹿みたいに売れていく。そんな光景を前にして、ナタリア・ヴィントレスは少女に似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべる。


「……ふふふ。シュークリームひとつ売れることに、フランチャイズ契約が5%。さらに原価率と原材料費を差し引いても、目標利潤には余裕で到達。そこからピンハネをして、裏帳簿からマージンを搾取すれば。……ぐふふ、こんなに美味い話はないぞ」


 シュークリームをください。

 シュークリームをください。


 もはや、全自動精算機となってしまった元・オネェ店長は、無精ひげが生えたおじさんとして、淡々と小銭をレジに入れては、包装されたシュークリームをお客に渡す。その瞳には、すでに光はない。


 話は少し遡る―


 店が荒れ放題になって、途方に暮れてしまったアンジェとミーシャ。もはや、打つ手などない。そう思えば思うほど、その人物のことが頭をよぎっていく。


 ……いやいや、冷静になれ。

 ……あいつに頼ったら、絶対にロクなことにならない。


 必死に自制心を働かせ、その小悪魔なごとき囁きを振り払おうとする。だが、現実は非情だった。そして、短絡的であった。葛藤すること、わずか数分。ミーシャとアンジェが電話を掛けたのは、ノイシュタン学園の敷地にある時計塔。そこで、ぐだぐだしている少女へと助けを求めたのだ。


 その少女こそ、ナタリア・ヴィントレスであった。


 彼女の対応は、実に機敏だった。

 カネの匂いを嗅ぎつけたのか、まずナタリアがしたことは、この洋菓子店の店長との契約交渉であった。翌日には、業者を呼んで店内を改装。その翌日には、厨房を再び使用できるように手配。さらに翌日には、この首都に広く知れ渡るように広告活動を終えていた。


 そして、本日。

 無限にカネを落としていく永久機関として、お客たちを指先ひとつで接客せんのうすることに成功していた。その手腕は、もはや悪魔的としか言いようがない。


「がーはっは。これこそカネの成る木ってやつね! ほら、アンジェちゃん、ミーシャ先輩。そして、マリアちゃんも。ちゃんと笑って。笑ったぶんだけ、お金になるんだから!」


 ナタリアが意気揚々に指示を飛ばしてくる。

 レジの隣で、微笑みマシーンとなっている少女たち。蜂蜜色の髪のアンジェ、黒髪美人なミーシャ。あと、面白そうだからと病院からつれてきた、車イスの素朴な少女マリア。顔見知りの美少女たちをフル活用して、洋菓子店の利益を追求していく。


 何より、罪深いのは。

 この店で売っている『美少女たちの手作りシュークリーム』が、実は名称詐欺の類であり。裏の厨房で必死に作っているのは、全てムサ臭い男共であることだった。


「ちっ。なんで、こんなことを」


「そうかい? 僕は、結構楽しいけどね」


「……俺たちの仕事って、護衛じゃなかったっけ?」


「……知らないのか? 護衛の仕事には、シュークリーム作りも含まれるんだよ」


「もがもがっ、もがもがっ!?」


 イライラしながらクリームを泡立てている不良野郎カゲトラ・ウォーナックル、にこにことシューを焼いているアーサー会長。死んだ魚のように目で、クリームを入れては綺麗に包装している護衛の黒服兄弟。

 そして、アンジェがいることで不幸な事故が起こらないようにと。段ボールに詰め込まれたジンタが、備品扱いのように店の片隅に放置されている。おかげで不幸な事故は一度もおきていない。もがもが、と思い出したかのように揺れるが、誰も気にも留めなかった。


 悪魔を狩る秘密組織。

 時計塔の『No.ナンバーズ』が総出フルメンバーになって、この洋菓子店を盛り上げていた。使えるものは使う。嫌だと言っても遠慮なく使われる。そんな裏方の空気など知らずに、ナタリア・ヴィントレスは札束の扇をあおいでは高らかに笑う。


「ふぅーはっは! 来週は執事キャンペーンでもやろうかな! アーサー会長に黒服兄弟に、色黒イケメンのエドガーも加えれば、さらに盛り上がること間違いないしね!」


 実に、最低な発想だった。

 ……ナタリア・ヴィントレス。お前って本当に、どうしようもない人間だな。この場に居合わせたメンバーたちが、白い目を向けながら同じようなことを思っていた。


 結局。


 この洋菓子店は、これまで以上の人気店となって。

 盛況だったはずのライバル店は、人知れず潰れていた―




『Chapter18:END』

 ~Honey-Syrup days~(蜂蜜色の日々)』


 → to be next Number!


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― 新着の感想 ―
[一言] ナタリア、やっぱり洗脳の才能が……
[一言] 潰れる寸前の店を立て直す手腕は凄いだけどなあ完全に自分のためなのが残念姫だなあ 不幸防止のためだけに配置されるヒーローの扱いひどいな
[一言] ナタリア、想像を超えたやり方で、顧客を集める。 自分へのプレゼントのためとは知らずに駆出される男二人。 店長&ジンタの扱いが酷い。 このやり方だとメンバーがバイト辞めたら、店が耐えられ…
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