♯3. Lost K(2日目。失われたK…)
二日目。
大きな怪我をした人間は、いなかったらしい。
それでも、トラックの暴走事故が起きた現場、ということもあって。洋菓子店の前に通行人は一人もいなかった。結果、昨日の利上げはゼロ。材料費と廃棄費用を考えると、マイナスであるのは明らかだった。
「ごめんなさい、店長さん」
「なんで、あなたが謝るのよ?」
がらん、と客が一人もいない店内を見ながら、オネェ店長が不貞腐れたかのように言う。やる気のなさは化粧にも見られて、いつもの厚化粧もどこか雑であった。
「まぁ、事故なんだから仕方ないわ。どんな客だって、車両通行が禁止されている通りを、土砂を山積みにしたトラックが暴走してくるなんて、誰も想像できないわよ」
カウンターに頬杖をついて、オネェ店長が腐っている。
昨日の事故を起こしたトラックは、店の前で待っている客を次々に吹き飛ばして、電柱に衝突。奇しくも、そこは売れ行き好調なライバル店の目の前だった。
こちらよりも深刻な被害を受けたライバル店は、修理のため三日間の臨時休業となっている。
「まぁ、あのライバル店も営業できていないみたいだし。ここらで、少しでも差を縮めておきたかったのよねぇ」
はぁ、と今日だけで何度目になるかわからない溜息。
その度に、ウェイトレスの制服を着たアンジェが、肩身を狭くさせて小さくなっていた。昨日から住み込みのバイトとして働いているため、ジンタの待っている隠れ家には帰れていない。
「今日は、ダメね。残念だけど、ほとんど売れ残っちゃうわね」
「……本当に、ごめんなさい」
「だから、どうしてアンジェちゃんが謝るわけ? ……それよりも♡」
にこり、とオネェ店長が笑いかける。
雑な厚化粧も相まって、その顔はとても不気味に見えた。
「ちょうどいい機会だから、アンジェちゃんにも厨房のお手伝いをしてもらおうかしら♪」
「ちゅぼう? ……あ、お台所ですね」
「うふふ、そうよ。本格的な洋菓子は難しいから、簡単なクッキーを焼く練習でもしてみましょうか」
「はわわ~、いいんですか!?」
きらきらと目を輝かせる蜂蜜色の髪の少女。
年頃の女の子らしく、甘いものやお菓子作りに興味深々といった感じだった。それを好意的に捕えたのか、オネェ店長も上機嫌に微笑む。
「あらぁ、やる気まんまんね。大丈夫わよ、ちゃぁんとワタシが見てあげるから。……いくら初心者でも、厨房で火事が起こるようなことはないから」
ぐっ、と店長が親指を立てて、アンジェが何度もお礼をする。
それは善意だった。嘘偽りのない店長の気持ちだった。だが、それゆえに、オネェ店長は苦悩をもうひとつ抱えることになる。
「さぁ、厨房へいらっしゃい。あ、ちゃんと手を洗ってね」
「はーい」
オネェ店長がカウンターの上に呼び鈴を置いて、顔に似合わない可愛らしい文字で、『ご用の方はベルを押してください♡』というメモを残す。
そして、うきうき気分のアンジェを連れて、奥の厨房へと姿を消していった。
その10分後。
爆発音と共に、厨房の扉が吹き飛んでいた―