♯6.KAGETORA(カゲトラ・ウォーナックルの場合)
「何っ、この子!? 普通に怖いんだけど!」
少女の攻撃を捌きながら、シリウスが悲鳴のような声を上げる。
だが、それも長くは続かない。彼の攻撃を躱して、身軽に宙へと飛ぶと。靴底に隠していた銀のナイフで投げつける。そして、彼の背後を取ると、思いっきり蹴り飛ばした。
ぎゃーっ、という悲鳴が。煙が充満している路地に響いた。
「シリウス!? てめぇー、よくもシリウスを!」
完全に標的を変えたカゲトラが、少女を止めようと立ちはだかる。
まったく視界が聞かない中で、音と、気配だけを頼りに、少女が襲ってくるタイミングを察する。
そして、少女が奇声を上げながら飛び掛かってきたところを―
「ケケ。たぴ、たぴお―」
「おらっ、いい加減に寝てろ!」
ぐえっぷ!?
蛙が潰れたような音を立てて、少女は崩れ落ちた。
手加減などするわけもなく。その可憐な少女に向かって、グーパンチを放つ。モロにお腹に入った一撃に、少女の体はクの字にへし曲がる。
煙が晴れて、元の寂れた裏路地の光景が戻ってくる。
「たぴ、たぴぴ―」
ぴくぴくと痙攣している銀髪の少女。
それを見下ろしながら、カゲトラは周囲を見渡す。
周囲には誰もいなかった。
シリウスの姿もない。
まだ、話したいことがたくさんあったのに、親友の気配はどこにもなかった。
「……ったく。余計な邪魔をしやがって」
カゲトラが残念そうに言った。
不躾な静寂が辺りを包む。
邪魔が入った、それは確かだ。
だが、あの時。この馬鹿が乱入していなかったら、一体どうなっていただろう。きっと、どちらかが倒れるまで戦っていた。悪魔と契約して、寿命を削ってまで復讐をしようとする親友。そんな奴を、拳以外で止める方法なんて思いつかなかった。
「シリウス、シリウス? ……やっぱり、どこか行っちまったか。相変わらず、挨拶のない野郎だぜ」
寂しそうな独り言だった。
シリウスは、この首都にいる悪魔を殺すために。日陰を歩き続けるつもりなのだろうか。その残された少ない命が、燃え尽きるまで。
……いいや。
……そんなこと、俺がさせない。
カゲトラは自分の手を強く握りしめると、自分の気持ちを改める。
彼が悪魔と戦う。その理由を手にした瞬間だった。
「俺は諦めねぇぞ。あいつのことも、マリアのことも」
自分の信念を再確認するように、拳を胸に当てて歩き出す。
戦いは終わった。事の顛末を報告するために、カゲトラは帰路に着く
……だが、話はこれでは終わらない。
ゆらり、と。
彼の背後で、少女が立ち上がっていた。
「……たび、たびびびびびびび。たびおかぁ~?」
もはや、生きる屍のように。
生気を失った目で、カゲトラを背後から襲い掛かる。
カゲトラは気がついていない。
首をカクカク揺らしながら、少女は飛び掛かり。
そして、その少女を。
一人の男が、横の脇道から手を突き出して捕まえていた。
「むぎゃ!?」
「まったく。どこの誰かは知らないけど、君の執念は強すぎるでしょ?」
シリウスは呆れながら、油の切れた機械のように、挙動がおかしい少女を哀れ見る。そのまま、少女の胸元に手を近づけると―
「その執念。ルートヴィッヒ卿の黒い炎で焼き尽くしてやりましょう」
シュボッ、と音を立てて。
少女の胸元に黒い炎が灯る。
「たぴ? たぴぃーーーっ!?」
やがて、少女の執念を燃料に、黒炎が大きく燃え上がり。
そして、燃え尽きた。
その時の少女の顔は、とても安らかだったという。
「これは貸しだからね、カゲトラ」
シリウスが少し大きめな声で独り言を呟くと。
カゲトラが背中越しに手を挙げた。
……結局、二人が目を合わすことはなかった。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
……雨は嫌いだ。
今日は、朝から雨だった。
首都の駅前で買い物を済ませて、いつものように病院に立ち寄る。受付の見知った顔に手を振られながら、静かにリハビリ室へと向かう。そこには、今も懸命にリハビリを続けている彼女がいるはずだ。
あの火事の日から、マリアとは会っていない。
両足を悪魔に焼かれて、もう歩けないとまで診断された。それでも、彼女は諦めることなく、こうやってリハビリを続けている。
そんな彼女が安心して生きていくために。
俺は、時計塔のメンバーになって悪魔を狩り。
シリウスは、悪魔と契約してまで悪魔を狩る。
目指している場所は同じはずなのに、どうして互いの道を違えてしまったのか。その答えは、とても単純だ。
……男だから。
自分の納得する方法でしか、男は生き方を語れない。
だったら、思う存分にやるしかないだろう。
俺も、シリウスも。
「今日も、会う気がないってのにな」
片手に持っているのは、首都の喫茶店でテイクアウトしたもの。紙コップに少し太めなストローが刺さった、タピオカミルクティー。面と向かって渡せないから、いつものように看護婦に渡してもらおう。
そう思って、リハビリ室に顔を出すと―
「それでねー。カゲトラったら馬鹿なんだよ。割れたティーカップを見て、顔を真っ青にさせて」
「うそっ!? あのカゲトラ君が? ナタリアさんの話はとても面白いね♪」
ニコニコと笑っている、一人の女の子。
何があっても守ると心に誓った彼女が、よりにもよって一番合わせたくない奴と喋っているとは。こんなことなら、あの馬鹿野郎に、マリアのことを話すんじゃなかった。
……気がついたら、あの馬鹿に向かって。
飛び蹴りを放っていた。
「なんで、お前がここにいるんだよ!」
「むぎゃ!?」
ゆっくりとした動作で壁に激突して、そのまま崩れ落ちる。
そして、俺は顔を上げて。
その最愛の女の子と目を合わせてしまうのだった。
「……あ」
「……あっ!」
久しぶりに見た彼女の笑顔は、とても綺麗だった。
……クソ。
……ナタリア・ヴィントレス。お前は本当に、手に負えない女だよ。
『Chapter17:END』
~KAGETORA・War‐Knuckle~(カゲトラ・ウォーナックルの場合)』
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