♯5.Milk-Tea Revenge(タピオカミルクティーの逆襲)
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その少女は、憎しみに燃えていた。
だいたい一時間くらい前のこと。
少女の鼻に、タピオカミルクティーのストローを突っ込んだ馬鹿野郎がいた。ミルクティーの入った紙コップを握り潰して、ストローを通って逆流。もぎゅもぎゅと音を立てて、少女の小さな鼻に、タピオカが流し込まれていく。
……むせた。
……盛大にむせた。
時計塔の執務室でごろごろと転がりながら悶絶する。やがて、激痛に耐えながらテッシュで鼻をかむと、その男は既に姿を消していたことに気がつく。
カゲトラ君なら、不審火の悪魔を退治しにいったよ。
ご丁寧に行く先を教えてくれた会長様に礼を言って、少女は執務室から出ていった。怒りに腸が煮えたぎっている。ぐつぐつ、ぐつぐつ。あぁ、この怒り。どうしてくれようものか。よりによって、この私に。誰もが認める超絶美少女(妄想)である私に、このような醜態をさらさせるとは。
あぁ、許すまじ。
カゲトラ、お前だけは。
絶対に、許さん。
タピオカを、その鼻に突っ込むまで。
どこまでも追いかけてやるからな。
そして、ナタリア・ヴィントレスという少女は。行きつけの喫茶店でタピオカミルクティーをテイクアウトすると、カゲトラを探して彷徨っていたのだ。
そして、とうとう。
その馬鹿野郎を見つけた。
誰かと話している様子だった。その人物の背中に悪魔が憑りついていた。なんだかシリアスな雰囲気だった。
だけど、まったく興味ないね!
例え、命のやり取りをしている深刻な状況であっても、少女が歩みを止めることはない。
あの馬鹿野郎に、タピオカを突っ込むまでは!
「……ケケ、ケケケケケケ」
銀髪の少女が、ふらふらと近寄ってくる。
その手に握られた、喫茶店のロゴが入った紙コップが。何やら異様なオーラを放っていた。
「誰だい、あの子は? なんか、悪魔も裸足で逃げちゃいそうな危ない目をしているけど」
「知らん。赤の他人だ」
カゲトラは即答した。
例え、悪魔に魂を売った親友であろうとも、あんな人物と知り合いだと知られたくなかった。
「でも、君の名前を呼んでいたけど」
「知らんものは知らん。あんな危ない奴の仲間でいるくらいなら、お前の親友でいたほうがマシだ」
「うーん。喜んでいいのか微妙な発言だねぇ」
「ほらっ。さっさと喧嘩の続きを―、ん?」
カゲトラが口を閉じる。
ぞわり、と冷や汗が滲んだ。
「……あの女、どこにいった?」
「は? 何を言っているんだい? 銀髪の女の子なら、今も目の前に―、あれ?」
シリウスが首を傾げる。
二人の視線の先にあるのは、爆破されたガレージの光景だけだった。どこに行ったのかと、周囲を確認していると―
「あーそーぼー」
足元から、声がした。
慌ててカゲトラが下を見ると、少女が手に持ったストローつきの紙コップを突き上げているところだった。
「ケケケケッ!」
「ぬわっ! こいつ、いつの間に!?」
カゲトラが慌てた声を上げる。
そんな彼を見て、親友のシリウスも咄嗟に身構える。
「離れて、カゲトラ!」
シリウスが持ち前の俊足で少女に迫る。
そのまま、彼女の制服の襟首を掴もうとするが。……その寸前に、ひらりと躱されて。
「え」
気がついたら、彼は空中に放り投げられていた。
相手の腕力や勢いを利用する戦いは、少女の得意とするところだった。そして、彼女は焦点を失った瞳で、にやりと笑うと。
「ケケケ、じゃま」
もう片方で握っていたヴァイオリンケースから何かを取り出すと、無防備なシリウスに向かって投げる。
まさか、爆弾か?
危機感を覚えて、咄嗟に防御の態勢に入る。だが、その直後。少女の投げたものから、尋常ではない量の白煙が噴出していった。
視界が全て、煙に覆われる。
「これは、……発煙手榴弾?」
着地したシリウスが、訝しげに呟く。
どうして、こんな目つぶしのようなことを。そんなことを考えていると、煙の向こうから少女が飛び出して、ストローのついた紙コップで襲い掛かってきた。
「ケケケ! お前も、タピオカにしてやろうか!」




