♯2. Lost Friend(今は亡き親友に…)
カゲトラは首都の中央駅に降りた。
学園前の路面電車から乗り継いで、およそ10分。そこには帰宅する学生や会社員で溢れかえっていた。カゲトラは改札口を通ると、その風景を見渡す。
行き交っている人間の種類。
その年齢と足並みの速さ。
そして、この街を覆っている空気感。
それらを肌で感じて、カゲトラは当てもなく歩き出す。彼の姿を見たら、慌てて道を譲る者ばかりなので、どれだけ混雑していても歩くには苦労しなかった。
「……こっちか」
不意に、カゲトラは人通りの少ない裏道に入る。
違和感は、アーサー会長から事件のことを聞いた時からあった。
どうにも素人じみている。日常的に犯罪を繰り返す人間のような狂気はなく、悪魔のように自分の快楽のため行動しているわけでもない。
犯人は、おそらく子供。
年齢は、14か15。この首都では教育熱心な家庭も多いので、その年代の子供たちは自分ではどうしようもできないほどのストレスを抱えていることもある。実際に、これまでも受験を控えた子供による事件を、いくつか見たことがあった。
「……」
裏道に入ってから、急に通りを歩いている人の雰囲気が変わった。
じろじろと彼のことを、値踏みするように見ていく。窃盗や恐喝などの軽犯罪が絶えない首都において、裏通りは危険な場所だった。陽が出ている時間帯であっても、彼らが手を出さない保証はなかった。
「……」
「……ちっ」
だが、カゲトラにおいて。そんな犯罪に巻き込まれることは稀であった。
犯罪者のほうから、彼を避けている。
それは、カゲトラから放たれている獣のような威圧感のせいなのか、それとも顔に刻まれた火傷の痕のためか。裏通りの犯罪者たちでさえ目を逸す光景を、カゲトラは悠然と肩で風を切る。
「……ここじゃないな。人目が多すぎる」
唐突に、彼が道を変えた。
もっと人通りが少なく、それでいて見つかりにくい場所へと歩いていく。
不慣れな人間は、成果よりも保身に走る。
そんな犯罪者の心理を知るわけでもなく、カゲトラは自分の直感のまま首都の裏通りを歩いていく。人の声が遠ざかっていき、痩せた野良犬だけが歩いている細い路地に。
……その子供は、いた。
「な、なんですか!? 僕に何の用ですか!?」
思っていたとおり、子供だった。
裕福な家の子なのだろう。首都でも有名な私立の進学校の制服を着ている。震える手が持っているのは、どこでも売っているような安いマッチだ。顔には恐怖と動揺が見て取れる。そして、その男の子の背中には、瘦せこけた悪魔が憑りついていた。
……違う。
……コイツではない。
カゲトラの脳裏に浮かぶのは、あの日のこと。自分の大切なものを全て焼き払った、煉獄の悪魔。目に映るものを全て燃やして、耳障りな声で嗤っていた。逃げられない女の子の両足を、ゆっくりと燃やして。スラム街で一緒に育った親友とは、もう二度と会えない。
あの悪魔を殺すまでは、カゲトラの復讐は終わらない。
「ひいっ!?」
カゲトラの威圧感に怯えたのか、男の子が足元にマッチを落とす。
探していた標的ではないが、このまま放置するわけにもいかない。カゲトラにとって、アーサー会長は数少ない敬意を払う人間であり、その会長から今回の件を任されたのだ。
……一瞬で、終わらせてやろう。
「スレッジハンマー流・喧嘩術―」
怯えている男の子に向かって、カゲトラが拳を構える。
狙うは、その背中に張り付いた悪魔。
この距離なら、瞬きのする時間でケリがつく。
カゲトラが何をしようとしているのか、背中に張り付いた悪魔も察したのだろう。その表情が恐怖に凍りつく。だが、もう遅い。幾多の悪魔を素手で屠ってきたカゲトラにとって、この程度の敵など肩慣らしにもならない。
「……ッ」
拳を握りしめて、地面を強く蹴り出そうとする。
視線を痩せた悪魔に向けて、呼吸を小さく吐く。
その時だ。
突如、異様な寒気に襲われた。
背筋が凍り付いて、体から冷や汗が噴き出る。
そして、カゲトラが見たのは。男の子が落としたマッチが、……黒い炎によって燃やされているところだった。
「もしかして、カゲトラか? 久しぶりだな」
若い男の声がした。
ひどく懐かしい声だった。
カゲトラは声をしたほうへと顔を向ける。細い裏路地の奥。怯えている男の子の向こう側に、黒いコートを着た人間が立っていた。
……そんな。
……まさか。
カゲトラは拳を握りしめたまま、愕然とした表情になる。
そこにいたのは、あの日から行方不明になっている男だった。燃え落ちる家屋から、とうとう死体すら見つからず。もう死んでしまったとされている。
親友の姿だった―