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#6. Clock Tower (時計塔の日常)


「あのー、アーサー会長さん? その、まったく話が見えないんですが。……そもそも暗殺って、何の話ですか?」


「おや、そんなことですか?」


 そう言って、アーサー会長はにっこりと微笑む。


「こう見えて、僕の命を狙う輩は少なくないんですよ。表の世界でも、裏の世界でも。色々と手広くやらかしているんでね。それに今日は特別なんです。なんと、この学校内に『銃』を持ち込んでいる生徒がいるらしくてね」


 からかうような笑みを浮かべて、彼が執務デスクの上に置いたものは。教室で行方不明になっていた、私のスクールバックだった。

 ……その奥底には、小型の拳銃『デリンジャー』が隠してある。


「へ、へー、そうなんですか。そ、そ、それは大変ですねぇ、あはは」


 私は必死に冷静を保とうとするも、視線はキョロキョロと不自然に泳いでしまっていた。


「そうだね。大変なことだね。どうして、こんな物騒なものを持ち込んでいるのか、僕はどうしても知りたいよ」


 にこり、と表情筋だけで笑うという器用なことをする、アーサー会長。

 そもそも私に向けて、サブマシンガンとかショットガンとか、遠慮なく構えている黒服たちのほうが、よっぽど物騒ではないのだろうか?


「え、えーと」


 私は視線をきょろきょろさせながら、何か言い訳を考える。

 すると、アーサー会長は口を開いて、すらすらと言葉を紡ぎ出す。


「……ナタリア・ヴィントレスさん。このノイシュタン学院に通う、普通科の二年生。年齢は16歳。婚約者はなし。家族・親戚とも疎遠で、学園の女子寮から通学している。成績は平均。所属しているクラブ活動もなし。特別親しい友人もおらず、よく教室に一人でいることが多い。……間違いないかい?」


「は、はぁ。……てか、友達がいないとか、面と向かって言わないでください」


 なんか悲しくなるじゃないか。

 ぐすん、と泣きたくなる気持ちを堪えて、アーサー会長が次に何を言い出すのかを黙って睨みつける。


「あと、変わったことといえば。一週間くらい前に、首都で起きた喫茶店の火災事故。そこに居合わせてしまったため、治療のために短期入院をしていたくらいだね」


 そこまで言って、アーサー会長は。

 まったく笑っていない瞳を、こちらに向ける。


「そんな君が、どうして鞄の中に『銃』を隠していたのかな?」


「うぐっ!?」


 気まず過ぎて、変な唸り声をあげてしまった。

 あー、ヤバいヤバい! 

 どうして、バレてしまったんだろう!? 

 

 あの銃のことを追及されたら、逃げようがないじゃないか。どこかに逃げ道はないか。アーサー会長の背中にある夕陽が眩しくて、部屋の中がよく見えない。


「え、えーと、あの銃は。……その、に、偽物で!」


「へー、偽物なんだ。それにしては随分と精巧だね」


「そ、そうなんですよ! 私は銃とか大好きで、お守り代わりに持ち歩いているんです。あは、あはは!」


 額に脂汗をだらだら流しながら、必死に言い訳を口にしようとする。まさに。そんな時だった。

 ……何の前触れもなく、私の背後にある扉が開いた。


「なんだ。客がいたのか」


 男の声だった。

 はっ、と気がついて、私は声のしたほうに振り返ろうとする。だが、両手両足を縛られている上に、黒服たちに銃で脅されているので、振り返ることなんてできなかった。


「やぁ、カゲトラ君。君が来るのは珍しいね」


「まぁな。ちょっと『見えた・・・』もんでな」


 そして、その男は。

 イスに縛られている私のことなど、まるで興味がないように横を通り過ぎていく。長身の男子生徒で、不良のように着崩した制服。そして、顔には大きな火傷の傷跡があった。


「(……この男! あの夜に『悪魔』を殴り飛ばした!?)」


 私は、あの時のことを思い出しながら。

 周囲の空気が、わずかに変わっていくのを敏感に感じていた。


「見えた? もしかして、『彼ら・・』かい?」


「あぁ」


 カゲトラ、と呼ばれた不良男子は短く答える。

 ……と、そのまま腰を落として身構えた。まるで、何者かの襲撃に備えているような感じだ。


 なんだ?

 急に寒気が?


 私は先ほど入ってきた男子生徒のことを改めて見た。

 ぞわっ、と背筋が冷たくなった。恐ろしいまでの険しい顔。その緊迫感が空気を伝って、私のところまで漂ってくる。


 数秒ほどの。

 わずかな沈黙が流れて。

 会話に参加していなかった黒髪の女子生徒が、パタンと雑誌を閉じた。黒服たちも。いつの間にか、手にしていた銃を警戒するように別の方向に向けていた。


 そして、アーサー会長が。

 ……静かに微笑んだ。


「来たぜ」


 顔に火傷の跡がある男は、小さく言い放つ。

 その瞬間。この部屋を照らしていた夕陽が、暗闇に染まっていた。


 いや、違う。

 何か異形な存在が、夕陽を遮っていたのだ。

 時計塔の窓に張り付いた、そいつは。2メートルはあろう巨体を震わせては、爬虫類のように外の壁を這いずり回る。


 そして、その蛇みたいな長い首を、こちらに向けると。中にいる私たちのことを見てー


 ……ニタァ、と笑ったのだ。



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