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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter16:~Nataria's underwear(見えそうで見えないから良いのだ)~
129/205

♯1. Nataria's underwear(女神の下着)

挿絵(By みてみん)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「諸君。よくぞ集まってくれた。各々、多忙を極めているなかで出席をしてくれて感謝する」


 暗い教室に、ひとりの男の声がした。

 放課後。

 誰も近寄らない空き教室。

 閉め切られた遮光カーテンは、その場に誰がいるのかわからなくさせる工夫であった。


 ここは、匿名の場。

 出席した者たちが、各々に胸に秘めた感情を口にすることを許されている。そのためには、誰が発言したかなどは無粋でしかない。今日も集まった顔のない紳士たちが、静かに饗宴が開かれるのを待っている。


 そう。この場にいる者たちは紳士だった。


 鋼の意志をもって己を自重して、健全な魂と共に自らの信念に殉ずる。顔も見えない隣人たちが、世間話にすら興じようとはしない。

 重苦しい空気が包み込む。

 誰もが、その時を静かに待った。

 そして―


「では、始めるとしよう。……第21回、ナタリアちゃんを遠くから見守る会、開催だぁぁっ!!」


「「うぇーーいっ!!」」


 紳士たちの感情が、暴発した。

 この暗闇の空き教室に集まった男たちは。最近になって急激に可愛くなった女の子、ナタリア・ヴィントレスちゃんと影ながら見守りながら、その暴力とも呼べる可愛さについて語り合う、……どうしようもない連中の集まりだった。


「まずは、俺から行くぜ! お前ら、先週の美術館見学でのナタリアちゃんを見たか!?」


「見た見た! ちょー可愛かった!」


「少し寝ぐせが残ってた髪をナデナデしたかった!」


「面倒そうでも、ちゃんと学校行事に参加しててマジ推せる~っ!」


「あぁ~、可愛いんじゃ! 美術館に展示されている絵画を興味なさそうに見ている姿に、脳が揺さぶられるんじゃあ~」


 うぉー、と次々に爆発する紳士たちの哀しき劣情。普段は口数が少なそうな者まで、少し早口になって喋り倒す。


「諸君、落ち着きたまえ。ここは紳士の場。我々はナタリアちゃんを遠くから見守る会。何があっても、彼女に直接的な接触をしてはならない」


「もちろんだとも、同志よ!」


Yesイエス sirサー ! ナタリアちゃんがこのまますくすくと育ってほしいと思っているであります!」


DankeダンケDankeダンケ! このまま天然で可愛いらしい美少女になってほしいと願っている所存です!」


「Улла(ウラー)! 銀髪少女、純粋無垢、天真爛漫。はぁ~、今日も捗るであります!」


 顔の見えない紳士たちが、熱狂しながら拳を突き立てる。


「では、毎度恒例の儀式だが。……皆の者、ナタリアちゃんの可愛いところを挙げてくれたまえ!」


 男の一声で、紳士たちが我先に口を開く。

 それは、彼らにとっての女神を褒めたたえる言葉だった。


「背がちっちゃいところ! それなのに高いところにあるものを、誰の手を借りずに背伸びをしてるのが狂おしいほど好き!」


「わかる、わかる、わかる!」


「さらっさらな綺麗な銀髪! あのボブカットが良いんじゃあ! ロングヘアーとかセミロングみたいな、あざとい清楚アピールしていないところに、心が乱されるんじゃあ!」


「わかる、わかる、わかる!」


「女の子っぽく見えて、実は隙だらけなところ! 制服のスカートを折ったり、よく手鏡で変なところがないか確認しているのに。階段を上る時や、前かがみになるときなんか、こっちが気を遣うほど無防備なんだよなぁ!」


「わかる、わかる、わかる!」


 紳士たちの熱狂は止まらない。

 前回の集会から、それほど時間が経っていないというのに。話題は尽きることなく、彼らの紳士的な議論は続いていく。


「好き嫌いが多いのも、意外にポイント高いよなぁ。あの食べ残したピーマンを食べたいだけの人生だった」


「変にイケメンに靡かないのも推せる! この前なんか、校内でもモテモテの演劇部部長が声を掛けていたけど、相手にもされていなかったぜ」


「だよな! ナタリアちゃんが恋人を作るとしたら、どんな相手なんだろうか!?」


「案外、普通な男が似合うんじゃね? 実はイケメンだけど髪がもっさりしていて素材を生かし切れていない陰キャのことを、私だけがコイツの良いところを知っているんだから。みたいな感じなら尚良し!」


「マッチョ系ではないだろうな。ナタリアちゃんは子供っぽい外見していて、精神的には結構大人だからさ。外面だけのイケメンとか、がむしゃらに夢を追いかけている青春男子を見ても『まぁ、頑張って。それがあなたの成長に繋がると思うから』、とか同じ目線で話してくれなさそうだけど、貴様は?」


「それよりも、女の子カップルのほうが共感できね? 友達がいなくて教室で寂しくしているところを同じ趣味を持った地味系の文学少女の友達ができて。お互いにあまり友達がいないから教室や放課後でよく喋っていて、自然な流れで友達の部屋に遊びに行くようになって。ふとした拍子に、隠してあった女の子同士の恋愛ものの漫画が出てきちゃって、そのまま部屋で―」


「翌日には、周囲に気づかれないように、こっそりと手を繋いでいたりな」


「そうそう、指先だけ絡めるやつ」


「ひゅーーっ! 夢が広がるぜ!」


「何にしても、ナタリアちゃんは最高だな!」


 紳士たちの妄想は止まらない。

 彼女を遠くから見守っているだけのはずなのに、彼らの審美眼は揺るがない。愛でたいという心からの願いが、彼女の内面を的確に暴き出していた。


「さて、紳士諸君。静粛に。ここで重要議題を発表する」


「重要議題? 珍しいな」


「前回の議題が、ナタリアちゃんの私服特集だったよな。あのキャスケット帽子とボーイッシュのコーデには、この俺であっても脳が壊れかけたぜ」


「その前が、ヘアピン特集だったな。週明けには必ず空色のヘアピンをしてくる法則には恐れ入ったな」


「その前の前が、靴下特集で。その前が、……なんだっけ」


「馬鹿だな、首筋に隠れたホクロ特集だろうが。忘れるなよ」


 ざわざわと騒ぎ始めた紳士たち。

 そんな彼らを、こほんと空咳で静かにさせると。男は静かに言った。


「諸君。心して聞いてほしい。これは、これまでにない重大案件だ。諸君たちの常識を覆しかねない。もしかしたら、この真実を前にしたら、もう帰ってこれない者もいるかもしれない」


「……それほどの、重大案件」


「……いったい、何が」


「……ごくり」


 紳士たちの呼吸が止まる。

 視線が集まる中、男が一枚の写真を取り出す。向こう側が透けているフィルム加工のものだ。その写真を、光源を使ってスクリーンに表示させるOHP(投影機)にセットする。


 そして、教室の壁に映し出された白黒写真に。

 紳士たちの怒髪天を貫いた。


「な、なんだ! この写真は!?」


 紳士たちが目を血走らせている視線の先には。

 階段の下から覗き込むように撮られた一枚の写真。階段の上には一人の女子生徒が短いスカートを揺らしている。銀髪の少女だった。その表情から、写真を撮られていることには気づいていないようだった。

 その事実が、紳士たちの怒りを刺激する。


「貴様っ! いけしゃあしゃあと、このような写真を撮りやがって!」


「万死に値する、万死に値する!」


「おい、コイツを摘まみだして、激ホモ先生に献上してこい!」


 このような盗撮まがいな、姑息で卑劣な行為を許すわけにはいかない。我々は、ナタリアちゃんを遠くから見守る会。彼女に迷惑になるようなことはあってはならないのだ。そう言わんばかりに殺気立った紳士たちが拳を握りしめる。


「がふっ、ごほっ。……ま、待ってくれ。俺を殺す前に、話を最後まで聞いてくれ」


 すでに半殺しにされている男は、レンズが砕け散った眼鏡を上げる。

 そして、殺気の満ち溢れた視線を浴びながらも、彼はその一点を指さす。


「……諸君。これは証明写真なのだ。俺がこのような行為に手を出したのも理由がある。まずは、現実から目をそらさず、ちゃんと見てほしい」


 紳士たちは気を高ぶらせながらも、渋々と男の指さすものを見る。

 そして、数秒後。

 その真実に気がついた者たちから、愕然としたように膝から崩れ落ちた。いや、その表情は。天から啓示を受けたかのように、どこまでも安らかな顔であった。


「……あぁ」


「……そんな、まさか」


 次々と紳士たちが昇天していくなか、彼は審判を下すように告げる。


「そう、我々は勘違いをしていた。どうして、……スカートの中にあるものが下着だと思い込んでいたのか。これは我々の罪だ。そう思い込みの幻想が、現実から目をそらしていた原罪が。この素晴らしき真実を我々から遠ざけていたのだ」


 ばたり、と最後の紳士が倒れた。

 その光景に胸元で十字架を切って、男は続きを口にする。


「そう、我々が心から推してやまないナタリア・ヴィントレスちゃん。彼女は、我々の気づかない内に。あの短いスカートの下に、鉄壁の防壁を築いていた。……そう。見えてもいい下着、『見せパン』を履いていたのだ!」


 あぁ、と何人ものため息が零れた。

 教室の壁に映し出された彼女には、スカートの下に履かれたフリルたっぷりのミニペチコートの姿が。下着の上から着用するためのインナーで、短めなスカートを履いていても、気軽にお洒落を楽しむことができる。まさに神アイテムであった。


「聡明なる諸君なら、もう理解できただろう。……そうなのだ。とうとう、ナタリアちゃんが羞恥心というものを覚えてしまったのだ。短いスカートを無防備に揺らしていた彼女は、もう戻ってこない。この事実を歓迎すべきか、それとも拒絶するべきなのか。その答えは各々の心に問うてほしい」


 紳士たちは、膝をつき。

 許しを請うように天を仰ぐ。

 そして、一人。また一人と。壁に映された彼女に向かって、神に祈るように両手を握りしめるのだった。


「……少女は、また一歩。大人となったのだ。短いスカートというものは誘惑が付きまとう。校則通りにスカートを着用するという選択肢もあっただろう。スカートの下にジャージを履くという愚劣な行為も存在する。それでも尚、『見せパン』という選択肢を選んでくださったナタリアちゃんに、我々は感謝をすべきではないか。学園生活に潤いをもたらし、生きている意味を教えてくださってくれる。……紳士諸君、彼女に心からの感謝を」


 罪を告白して、彼女のために贖罪をしよう。


 あぁ、主よ。あなたに感謝します。

 あぁ、ナタリアちゃん。あなたこそ我々の救世主なのです。


 ……この日。カーテンで閉め切られた空き教室で。

 ……新しい宗教・・が誕生した。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



 翌日。

 この世で最も新しい宗教である『見せパン教』は、教主である男が上半身裸の姿で校門に吊るされている事件が発生。彼女が映されていた写真という聖遺物を焼き払われて。即日、強制解散となった。


 なお、最大の被害者であったナタリア・ヴィントレスは。

 恥ずかしさのあまり、三日ほど学校を休んだという―




『Chapter16:END』

 ~Nataria's underwear(女神の下着)~


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― 新着の感想 ―
[一言] あれはひどい事件だったなあ なにやってんのこの人達wまあ見た目はいいからなあ中身が残念だけど
[一言] ナタリアさん、あの朗読悪魔との戦いのあとの対策が功を奏す。 写真撮影した方とラブレターの執筆者は同一人物なのだろうか。
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