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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 15:~ Good luck , Your life with Happiness (さようなら、友よ)~
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#18. Thank you(師匠。……人にお礼を言うときは、せめて俺の頭から足をどけてからにしてください)


「拒絶の月よ。邪悪な願いよ。わたしは、あなたの力を否定する!」


 視界の端で、蜂蜜色の髪が躍る。

 幼さを強く残す小さな女の子が、勇敢にも悪魔卿へと挑んでいる。


 いや、勇敢ではないか。

 それはまさに超越存在による、同格の戦い。悪魔卿のエドガーが手をかざして、光さえ飲み込む暴食の嵐を放とうとする。

 その悪魔卿の攻撃を、たった一言で。彼女は、存在から否定してしまった。悪魔が首都を覆うほどに展開していた力が、瞬く間に霧散していく。


 心地よい風が、前髪を撫でた。


「ふぃ~、今のはヤバかったな! 大丈夫っすか、ナタリア師匠!?」


 その少年が、私に声をかける。

 どこにでもいそうな平凡な少年。だが、私はこの人物が。見た目通りの凡人ではないことを知っている。

 彼女の、……アンジェラ・ハニーシロップの隣に立つことを許された、だた一人の男の子。彼女だけの英雄ヒーロー。そのために時計塔から逃げ出した、裏切者のLostロスト-No.ナンバーズだ。


「ナタリアお姉さん!? た、大変です! お姉さんがひどい怪我を」


「大丈夫だ、アンジェ! 師匠は、これくらいじゃ死なねぇ」


「ジンタ、本当?」


「あぁ、本当さ。ナタリア師匠はな。たとえ腕を千切られても、首を折られても、平然と笑っていられる人間なんだ。これくらいじゃ、ビクともしねぇ。なんだったら、この眠そうな顔に向かってビンタをしても、……あいたっ!?」


 目の前のジンタ君に向かって、思いっきりビンタしてやる。

 まったく、人様を何だと思っているんだ。悪魔が我が物顔で闊歩している、この首都において。ジンタ君だけは私と同じ、なんの特別の力も持っていない仲間だと思っていたけど。……やっぱり、ジンタ君とは、アンジェちゃんを取り合う恋敵でしかないのか。


「お、お姉さん? 大丈夫なのですか?」


 あぁー、やばい。

 意識が飛びそうだ。足元も怪しくなってきたけど、まだ倒れるわけにはいかない。

 アンジェちゃんの前で、みっともない姿は見せたくないもの。


「……アンジェちゃん? ジンタ君?」


 私は掠れた声で、二人の名前を呼ぶ。

 つい先日、悪魔との戦いで知り合った少女と少年。アンジェちゃんは戦いの中で、悪魔を一瞬にして圧殺してみせた。その正体は、おそらく人間ではない。そんな少女の心の拠り所になっているのが、このジンタ少年だ。正直、見ているこっちが妬いてしまうほど、お似合いの二人だった。


「助けて、くれたの?」


「もちろんです! ナタリアお姉さんが巻き込まれているって、ジンタから教えてもらって!もう居てもたってもいられなくて!」


 わちゃわちゃと、アンジェちゃんが小さな両手を振り回して説明する。

 そうか。

 ここにアンジェちゃんを連れてきたのは、ジンタ君のおかげだったのか。


「……ありがとう、アンジェちゃん。ジンタ君。おかげで助かった、……のかな?」


「師匠。……人にお礼を言うときは、せめて俺の頭から足をどけてからにしてください」


 踏みつけた足の裏から、ジンタ君の苦しそうな声が聞こえた。

 私は、彼から足をどけると。そのままジンタ君の背中に腰を下ろした。むぎゃ、という小さな悲鳴が聞こえた気がした。でも、気のせいだろう。あぁ、よかった。ちょうどいいところに座り心地の良いイスがあって。


「アンジェちゃんに、格好悪いところを見せちゃったかな」


 私が疲労困憊というように項垂れると、蜂蜜色の髪の少女、アンジェちゃんが朗らかな笑顔で返す。


「いいえ、カッコよかったですよ。わたしの大切な仲間たちを助けてくれたみたいで、本当にありがとうございます」


 そう言って、ふっと笑みを消すと。

 彼女が瓦礫となりつつある美術館を見る。その瓦礫の上に、気を失ったままのミーシャ先輩とカゲトラがいた。


「ははっ。結局、何もできなかったけどね」


「大丈夫です。ここからは、わたしが相手をしますから」


 アンジェちゃんは険しい表情となると。

 少し離れたところにいる悪魔卿、エドガーブラッド卿に向けて口を開く。


「……あなたが、悪魔卿の一柱ね?」


「えぇ。お初にお目にかかります。私の名前は、エドガー・ブラッド卿。そういう貴女様は、我らが王。悪魔たちを統べる女王クイーンで間違いありませんね?」


 確認するように、悪魔卿は薄く嗤う。


「ふふ。覚醒されてからは、人間と一緒に行動をしていると聞きましたが。まさか、こんな形でお会いするとは思ってもみませんでしたよ」


 わかっていれば、盛大に歓迎できたというのに。

 このご無礼を、お許しください。

 悪魔卿のエドガーが、役者が演じるように仰々しく宣う。


「歓迎? 襲撃の間違いじゃなくて?」


「同じことです。我ら悪魔たちは、貴女様の覚醒を心待ちにしていました。……その力を喰らい、我がものとするために」


「下衆が。だから、わたしはあの廃墟の教会から出ていったのよ」


「お許しを。これは宿命なれば、私の意思ではありません。私個人としては、悪魔たちの抗争や、人間どもの戦いなどどうでもいい」


 ですか、と彼は続ける。


「この場に乱入してしまったことは、よくない。えぇ、とてもよくない。女王様は、その少女を助けたつもりでしょうが。私にしたら最高の楽しみを奪われたのと同じ。この苛立ち、どうしてくれましょうか?」


「やってみなさい。このわたしに勝てるつもりなの?」


「えぇ、問題ありません。夜でもなく、月も出ていない。この状況では、あなたの『存在を否定する』根源は怖くない」


「……」


 悪魔卿のエドガーと。

 蜂蜜色の髪の少女、アンジェちゃん。

 二人は互いに睨み合ったまま、静かに殺意をたぎらせる。少女の瞳が、血のように赤く変わっていく。まさに悪魔同士の戦いであった。


 だが、それも。

 一台の高級車が走りこんできて、有耶無耶になってしまう。


 ボンネットも、サイドミラーも。ぼこぼこになってしまった高級車のリムジン。瓦礫が散乱している美術館の敷地を、とてつもないエンジン音と走行テクニックで向かってくる。そして、そのまま彼らの傍を通り過ぎて。


 ぼかん、と壁にぶつかって停車した。


「……え」


 唖然、としているのはアンジェちゃんだけだった。

 悪魔卿のエドガーは、興が削がれたと言わんばかりに、酷く詰まらなそうな顔を浮かべた。


「……まったく。どうして、こうも邪魔者ばかり来るのです? それも、貴殿ともあろう御人が」


 あの悪魔卿が、礼を失することなく声をかけている。

 そして、廃車が確定になってしまったリムジンのドアが開いて。


 その男。

 時計塔の『No.ナンバーズ』のリーダー。

 アーサー会長が、実に嬉しそうな笑みを浮かべるのだった―


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― 新着の感想 ―
[良い点] ジンタの扱いひどいなw助けを呼んでくれた恩人やで
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