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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 15:~ Good luck , Your life with Happiness (さようなら、友よ)~
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#17. A reason to live (君の生きた意味を…)


「く、くはは。……思っていた以上に、苦戦させられましたね」


 額から血を流して、体中に銃弾の風穴をあけられて、息も絶え絶えになっている悪魔卿。

 彼は、苦しそうに息をしながらも、……その手に掴んだものを見て、嗤う。


「ですが、ここまでです。もう、戦う余力も残っていないでしょう?」


「……」


 悪魔の手には、気を失っている銀髪の少女が掴まれていた。全身が傷だらけの満身創痍。空のマガジンがあちこちに散乱して、かすかに硝煙の匂いが鼻につく。擦り傷が目立つ小さな顔が、わずかに顔を歪めた。


「はぁ、はぁ。本当に予想外でしたよ。まさか、ここまでやれるなんて、少しだけ侮っていました」


 いや、侮ってなどいなかった。

 最初こそは、適当にあしらってやろうと思っていたが。最初の銃撃で、その考えを改めた。

 悪魔がどんな攻撃をしようとも、どんな強力な一撃を叩きつけようとも。この銀髪の少女は、いなし、躱し、その流れに逆らうことなく、悪魔への反撃を止めようとはしなかった。最初に戦ったカゲトラも、その次のミーシャも。彼にとっては歯牙にもかけないほどの相手だったが。


 このナタリア・ヴィントレスという少女だけは。

 やられるかもしれない、という感傷にまで至っていた。

 対等。という言葉を、初めて理解させられた。

 そんな気分だった。


「……は、はは。まるでオペラのエンドロールのようですね。この出会いが終わってしまうことに、一抹の寂しさすら感じていますよ」


 悪魔卿のエドガー・ブラッド卿は、孤独の理解者であった。

 芸術を愛して、芸術に打ち込む姿勢を愛した。

 そんな孤独に立ち向かう人間を愛した。


 ……故に、気がつく。

 ……自分が手にしている少女の、歪みに。



「ん? これは―」


 悪魔卿は独りごとを呟きながら、その少女の顔を覗き込む。

 正確には、その体の奥底にある魂を覗き込む。


「ふ、ふはは。ふはははははは! なんと、そんなことがあるのですか!?」


 悪魔卿のエドガーは愉快そうに声を上げながら、気を失っている少女へと言った。


「貴女は、……いや、貴女がたは! そんな秘密を持っていたのですね! ひとつの器に、魂がふたつ。それも酷く歪な形で落ち着いている! 本来の少女は眠り続けていて、別の誰かが彼女として生きているなんて!」


 興味津々に、彼は口端を上げる。

 挑発するように、彼女に問いかける。


「ふはは、どんな気分ですか? 他人の人生を奪っておいて、その生活を謳歌する気持ちは! さぞ、最高な気分でしょうね。他人に成り代わって、新しい人生を生きていく。……あぁ、外道。これほどの悪行なんて、まるで悪魔みたいですね」


 彼の顔が、侮蔑のものへと変わっていく。

 期待を裏切られたかのように、その少女に失望していく。

 友情にも似たつながりを感じていたのに。その実態は、他人の体を乗っ取っている嘘つきだなんて。


 そんな言葉を口にしようとして、彼はやめた。

 彼が持ち上げている少女が、うっすらと目開けていた。

 その目は、未だに闘志が消えていなかった。


「ふ、ふふ―」


 ぞくり、と恐怖のようなものが悪魔卿の背筋を走った。

 そして、自分が。根本的に何かを勘違いしていることを悟る。


「……はは、バカいってんじゃ、ねーよ。体を返せるなら、とっくに返してるさ」


 少女の口から、かすれた声がした。


「……でもな、起きないんだよ。この眠り姫は、何があっても起きようとしねぇ。まるで、目を覚ますのが嫌で、いつまでも心地よい夢を見ているみたいにな」


「それが、年頃の少女というものです。人間にとって目の前の現実は、あまりにも辛い」


「はは、違いねぇな」


 少女が、笑った。

 ナタリア・ヴィントレスが笑ったのだ。この絶望とも呼べる状況で。死期を悟った聖職者のように、全てを受け入れて、笑っている。


「……そういや、あんたの問いに答えてなかったな」


「はて? なんのことでしょうか?」


「なんだ、忘れちまったのか? 美術館のカフェで聞いてきたじゃないか。……死後に評価された画家について、どう思うかって?」


 ナタリアが肩の力を抜きながら言うと。

 悪魔卿のエドガーも、力を抜いて肩をすくめた。


「あぁ、そういえば聞きましたね。確か、貴女は『興味がない。私だったら、絵を描くことを辞めていた』と答えてましたね」


「ははっ、そうだっけ」


 ナタリアは乾いた笑みを浮かべて、右手に持っていた銃を手放した。

 カタンッ、と風情のない音が、二人の耳朶を打った。


「あれは、嘘だ」


「嘘?」


 悪魔卿のエドガーが首をかしげる。


「あぁ。あれは本心じゃない。私は本当に芸術とか興味がないからさ。美術館に来ているインテリたちが鼻についてね。どうにも、あんな答えしかできなかったんだ」


 でもな、とナタリアは続ける。


「……あんたと見た、あの『悪魔と画家の作品』。あれを見たときに、ちょっとだけ考えが変わった。死ぬまで絵を描き続けて、それでも誰にも評価されなかった画家たち。それなのに死んだ後で、天才だの、歴史に残る画家だと、勝手に持ち上げて。どうして、生きているうちに評価してやれなかった? どうして、彼らが必死にやってきたことを無意味だと決めつけたのか?」


 けほけほっ、と少女が可愛らしく咳をする。

 そして、少し迷うように瞳を泳がせた。


「でも、本当は違うんだと思う。本当に大切なのは、他人がどうこう言うことじゃない。……彼らが、どれだけ本気で生きてきたか。そのことに対して、自分自身が堂々と胸を張れるのか。たぶん、そんなことなんじゃないかな?」


「自己満足ですか? そんなもので、彼らの生きてきた意味を語ると?」


「語るさ。だって、いくら名声を得たとしても、幸せじゃなかったら意味がないだろう?」


 最後に、ナタリアは。

 自分が一番言いたかった言葉を、彼に紡ぐ。


「あの画家は幸せだっただろうよ。だって、彼のことを一番理解してくれる奴が、一番近くにいたんだからな。……あんたの友人は、幸せだったんだよ」


「っ!?」


 ぐらり、と悪魔卿のエドガーがよろめく。

 核心を突かれたかのように、顔を歪める。


 ……まさか。

 ……まさか、こんな少女に。こんな何も特別なものなんてない平凡な人間に。自分がずっと求めていた回答を、当ててもらえるなんて。


 古き亡き友人である彼が。

 絵が売れず貧しい生活を送って、最後には病で倒れてしまった彼が。

 その最後に、笑っていた理由を。

 唯一の友人だと言ってくれた彼の最後の想いを。


 今、ようやく。

 理解できた気がした。


「……まったく、生意気な人ですね。貴女は」


「……あんたこそ。悪魔のくせに人間臭いんだよ」


 そして、悪魔卿のエドガー・ブラッド卿は、手に掴んでいた少女を放した。

 どさっ、とわずかに土ぼこりが立つ。

 なんとか地面に足をついて、ふらふらとよろめきながら。彼女は数歩ほど離れていく。


 そして、二人は微笑みながら向かい合って。


 少女は制服のスカートから『デリンジャー』を引き抜いて。

 悪魔卿は全てを破壊しようと両手を広げる。


「では、終わりにしましょうか」


「同感だね。私も、もう疲れちゃった」


 悪魔卿のエドガー・ブラッド卿が、この首都にあるもの。その全てを握りつぶさんと、空間ごと圧縮を始める。

 それは終演の合図だった。

 周囲を取り囲む強大な力が、少女を押し潰さんとする。

 もはや、彼女に生きる道は残されていない。


 それでも。

 そんな悪魔に向けて、少女が銃の引き金に指をかける。


「……」

「……」


 最後に、二人が無言のまま視線を合わせて。

 ナタリアが『デリンジャー』を撃つ、……その直前。


「ちょっーと、待ったーーーーーーーっ!」


 予想もしていなかった人物たちが、この場に割って入ってきた。

 蜂蜜色の髪の小さな女の子と。

 どこにでもいそうな平凡な少年が。

 銀髪の少女を庇うように立ちはだかる。少年に抱きかかえられたままの女の子が、悪魔に向かって手を伸ばし、破滅の言葉を紡ぐ。


 まるで、世界を守らんとするかのような彼らの登場に。

 どうしようもなく、彼女は笑みを零していた―


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― 新着の感想 ―
[良い点] 相手の本質を見極めるの上手いなあ おやおや次の援軍到着かな
[一言] お互いボロボロになり、最後の撃ち合い、にならずに援軍到着。
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