#16.Kokoro Odoru(悪魔は、少女との戦いに愉悦を覚える)
「……この少女、厄介だな」
悪魔卿のエドガー・ブラッド卿は、内心の苛立ちに思わず呟いていた。
決して、強いわけではない。
先ほどの少年のような強靭な肉体に恵まれているわけでもなく、あの天使の末裔のような糞ったれな魔法(汚い言葉ですみませんね。私は悪魔なので、神に関係するものが大嫌いなのですよ)を使えるわけでもない。
どこにでもいるような普通の少女。
それなのに、私と同等と戦っている。
少しずつ、私を追い込んでいく。
「ふんっ!」
右手に大気を圧縮させて、空間ごと薙ぎ払う。
生身の人間が直撃すれば、それこそ肉片になるほどの威力だ。鉄骨の建造物や、鋼鉄の戦車でさえ、深々と爪痕を残すだろう。
だが、その一撃を目の当たりにしても。
「……」
この銀髪の少女は、止まらない。
一歩、引き下がったと思ったら、その場で半身を逸らせる。そして、私の右手に手を伸ばすと、とんっと軽く地面から跳躍する。
大気がうねり、少女の体が宙に浮く。
そのまま、大気の流れに逆らわないように、器用に体を捻らせると。
踊り子のように舞いながら、私の死角へと消えていく。
私が慌てて、その先へと視線を送るが。
目に映ったのは、下顎から思いっきり蹴り上げられて、上体を逸らしながら見る空の景色だった。
「……まただ。こちらが攻撃したはずなのに、いつの間にかやられている」
悪魔卿には理解できなかった。
自分より遥かに弱きものであるはずの少女に、何もできずに追いつめられていくなんて。
勇者でもなく、英雄でもなく、王族でもない。なんの特別な力を持っていない平凡な少女が、この私と対等に戦っている。
その事実に、……心が震えた。
「ふ、ふふ」
愉しい。
嗚呼、愉しい。
愉悦に身を焦がすのが悪魔の性分とはいえ、これほどまでに心が躍ったことがあっただろうか。
彼女は、どこまでできる?
どこまで、この私を追い詰められる?
様々な画才たちが悪魔をモチーフにした作品を残してきたが、凡庸の少女が悪魔を追いつめている光景など、誰が想像しただろうか。
……知りたい。
……この少女が、どこまでできるのか知りたい。
私は片手間で遊ぶことをやめて、本気で遊ぶことにする。
両手をかざして、空間を圧縮させていく。
大気を、光を、時間を握り潰す。
そして、私の両手に現れたものは。すべてを食らいつくす、暴食の嵐であった。
「ッ!?」
判断が早い。
勘が鋭い。
銀髪の少女は、私の手の内にあるものの危険性がわかったのか、これまでにないほどの警戒心を向けてくる。
だが、それも終わりだ。
私は、彼女に向けて。その暴食の嵐を解き放った。
建物が砕けて、地面が捲れる。
悲鳴すらかき消されるほどの暴風に、視界は黒く塗りつぶされていく。
……さて、貴女ならどう対応する?
私は心の中でほくそ笑みながら、少女との戦闘を愉しむ。
だが、その余裕は。
一瞬にして、打ち砕かれていた。
「甘いわよ。このバカチンが」
「なっ!?」
銀髪の少女は、私の懐へと踏み込んでいた。
少女が持つには無骨すぎる銃を両手で構えて、私の心臓へと銃口を突き付けている。なぜだ? どうやって、この距離を詰めた? まさか。今の攻撃を、逆に利用して―
その疑問に答える間もなく、少女は引き金を引いて。
悪魔は少女に向けて反撃をしていた。
聞こえない銃声と、耳障りな風音が。二人の間を激しくせめぎ合っていく。
勝敗が着くまで、それほど時間は掛からなかった―