#15.VS LORD(悪魔卿との戦い)
圧縮させた空気の壁か、それとも激しく捻じれる暴風雨の塊か。
どちらにせよ、真正面からの銃撃が届かないのは、すでに分かっていることだった。
「ちっ!」
私は空になったマガジンを投げ捨てて、ヴァイオリンケースから新しいマガジンを取り出す。
再装着、初弾装填、射撃体勢。その一連の流れに迷いはない。
熟練された、といってもよい。
引き金に指をかけたまま、狙いを定める。腹立たしいことに、悪魔卿はそこから動こうとしなかった。やれやれと肩をすくめながら、呆れたような態度をとる。
「まったく理解できませんね。貴女ほどの人間が、どうして私と敵対するのですか? この場にいる人間の中で、最も思慮深い方だというのに」
「うっさい! 目の前で仲間がやられているのに、黙っていられるかっ!」
「勝てないと、わかっていても?」
「人間にはな。頭で考えるよりも、行動することが大切な瞬間があるんだよ!」
勝てないからといって、この場から逃げ出して何になる?
人間が独りでは生きていけないように、私も一人では生きていけないんだ。
それくらい。
こいつらが、大切なんだ。
「っ」
私の背後で倒れている仲間たちを見る。
全身から血を噴き出して気絶しているカゲトラに、顔面が蒼白になったまま気を失っているミーシャ先輩。他人だからといって、ここから逃げ出せるほど、私は非情になれなかった。
自分の命だけを最優先にしてきたはずなのに、いつの間にか。私にも、大切なものができてしまた。
「……重いよな、仲間って」
私は『ヴィントレス』を構えなおして、再び銃口を悪魔卿へと向けた。
覚悟を決めて、その視線に気迫を込める。
銃口の先の悪魔が、訝しむように口を開く。
「わかりませんね。貴女にとって、私は無関係な存在でしょう。貴女は悪魔を狩ることを命じられているわけでもなく、恨みや復讐のために戦うタイプでもない。貴女は、何のために戦うつもりですか?」
「そんなこと、決まっている」
引き金にかけた指に力を込めながら、私は大声で叫んだ。
「生きるだめだ! ナタリア・ヴィントレスとして、生きていくために!」
パパパパッ!
銃声のしない銃弾が、悪魔卿を襲う。
だが、先ほどと同じように銃弾は何もない壁に撃ち落とされていく。銃弾は悪魔には届かない。
違うのは、その悪魔卿の懐に。
私が音もなく潜り込んでいたことだった。
「ほぅ」
感心したような顔になる、悪魔卿のエドガー・ブラッド卿。
その顔面に向かって、再び『ヴィントレス』を構えなおす。ゼロ距離からの射撃。これならば防ぎようがない。
「でも、甘いですね」
悪魔卿は首を逸らしながら、私の持っている銃の先を片手で弾いた。
銃弾は、誰もいない上空へと放たれる。
余裕の表情を浮かべる悪魔。
その顔面を、私は。
……力の限り、蹴り上げていた。
「は?」
呆けた声が聞こえた。
しかし、私は止まらない。
蹴り上げた反動をそのままに、薙ぎ払うように『ヴィントレス』をフルオートでぶっ放す。2,3発だけ、悪魔卿へと迫り。その体をかすめていく。ブシュッ、と黒い血のようなものが吹き出た。
「むっ!?」
悪魔は痛みに顔を歪めながらも、私へと右手を突き出す。
大気の嵐をまとった、暴風のような一撃を。私は身体を逸らすだけで回避して、その悪魔の腕に逆らわず、舞うように回転して距離を詰める。そして、銃口を悪魔の腹に密着させると、マガジンに残っている銃弾を全て叩き込んだ。
「ぐぬぬっ!?」
パスパスパスッ!
銃弾は悪魔卿を貫いて、口から黒い血を吐く。
それでも、私は止まらない。
この程度では倒せないことを知っているのなら、ここで止まる理由はない。
「っ!」
銃撃の反動をそのままに、悪魔卿の背後を取るように回る。まるで、ダンスのステップのように優雅に舞いながら、空のマガジンを外して新しいものを装填。残るマガジンは、あと一本だ。
背中越しに悪魔の背後を取ると、わずかな隙もなく。『ヴィントレス』で悪魔の両足を撃ち抜く。がくっ、と態勢を崩した悪魔に、その脳髄に向かって引き金を絞る。
「この、調子に乗るなっ!!」
悪魔が虫を振り払うように、大気を圧縮させた右腕を振り払う。
大気がうなり、激しい衝撃が体を包む。
その勢いに逆らうことなく、私は地面を蹴った。
そして、そのまま空中で反転しながら悪魔の頭上を取ると。
「くたばれ」
その驚愕している顔に向かって、引き金を絞った。
音のない銃声がして。
悪魔卿の絶叫が響いた―