#14.Anthology(アンソロジー。集結する者たち)
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「まだ、到着しないのかい?」
「今、最高速度で飛ばしてますよ! あんま喋っていると、舌を噛むぜ!」
首都の主要道路を、法定速度を余裕で超えて走っている高級車の中で。アーサー会長が静かに声をかけている。
大統領か国賓でも乗せるのか、というような高級リムジンであった。だが、すでにバンパーはなく、ボンネットもわずかに歪んでいて、車体のあちこちに傷が走っていた。
「ちくしょう、この見た目だけオンボロが! こんなことなら、俺のカワサキを持ってくればよかったぜ!」
運転席でハンドルを握っている黒服の男。ナポリが、普段にはない感情的な言葉を吐く。
そして、そんな実兄を見ながら。助手席にいるペペが落ち着いた様子で返す。
「兄者。急いでくれ。ルーブル美術館では、もう戦いが始まっている」
「わかってんだよ! ……くそ、渋滞だ。悪いが、ここから運転が荒くなるぜ! ご乗車の方々、シートベルトをよろしく!」
首都の渋滞が目の前に迫ると、ナポリは躊躇なく。
ハンドルを切って歩道に乗り上げる。
「おらおらおら、こっちは急いでんだ! もし、俺たちの姫になにかあったら承知しねーからな!」
「歩行者を轢くなよ、兄者」
カシャン、とペペが手に持っているショットガンに銃弾を装填していく。
いつもは、どこかお調子者のペペが静かに集中力を高めている。
それは、ナポリも同じで。ハンドルを握りながら、その闘志に火をつけている。
そして、後部座席にいる。
アーサー会長たちも、同じような気持ちだった。
「急いでくれ。一刻の猶予もないんだ」
冷淡とまでいえる感情のない表情。
静かに状況を見て、彼は常に最善の手を打ち続ける。
その結果が、……この後部座席にいる二人だった。
火のついていない長い煙草を噛んでいる、ピンク色の髪をした黒スーツの女性と。
細長い楽器ケースを手にした、狙撃手のように寡黙な男だった。
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そして、同時刻。
ルーブル美術館から逃げていく人ごみに逆らって、一人の少女が歩いていた。
人間とは思えないほど可憐な女の子だった。長い蜂蜜色の髪を揺らして、どこか焦るような表情を浮かべている。
「ご、ごめんなさい。……きゃっ、すみません。わたし、こっちに行かないといけないの―」
だが、混乱しながら走っている人の群れに、その少女はいとも簡単に弾き飛ばされそうになる。
そして、その少女の手を握ったのは。
どこにでもいるような、普通の少年だった。
「おい、アンジェ! どこに行くつもりなんだよ!?」
「行かないと。あそこに、行かないといけないの!」
そう言って、蜂蜜色の髪の少女は。
美術館のある方を指さした。
「ジンタ! お願い、あそこに連れて行って!」
「んなこといっても、この騒ぎじゃあなぁ」
どこにでもいるような少年、ジンタは戸惑うように頭をかく。
美術館で何があったかはわからないが、大勢の人間がえらい勢いで逃げていく。この波を逆らうことは、簡単ではない。
「……ジンタ。無理なの?」
不安そうに見上げる、蜂蜜色の髪の少女。アンジェラ・ハニーシロップ。
そんな彼女に、ジンタは笑って親指を立てる。
「まさか! こういうときは気合いだ! いいか、アンジェ。しっかり捕まっていろ!」
そう言って、少年ジンタは。
少女をお姫様のように抱きかかえると、人ごみの中に向かって飛び出していった。
人の波に逆らうように、ルーブル美術館へと向かっていく。
「(……どうか無事でいてください、お姉さん)」
ジンタに抱かれながら、少女は両手を握って静かに祈っていた。
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パパパパパッ!
消音狙撃銃『ヴィントレス』から放たれた弾丸が、悪魔卿へと向かっていく。
銃声を極力抑えることに成功した銃なだけあって、その咆哮はとても静かだった。9×2.9㎜の銃弾のフルオート射撃が、悪魔卿の顔面へと迫っていき―
「おっと、音のしない銃ですか。面白いものを持っていますね」
その銃弾の全てが、何もない空間に弾かれていった―