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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 15:~ Good luck , Your life with Happiness (さようなら、友よ)~
122/205

#13.F(いい加減にしろよ、クソ野郎が!)


 ……おかしい。

 ……こんなのは、おかしすぎる。


「はぁ、はぁ!」


「ふははっ、どうしたのです。天使の末裔むすめよ! 先ほどの気迫はどこに行ってしまったのですかな!?」


 悪魔卿が高らかに笑い、光り輝く剣を片手で撃ち落としていく。

 眼前の光景は、もはや絵画にもなっている神々たちの戦いのようであった。光り輝く天使の翼を持つものが、悪魔へと勇敢に戦っていく。絵画でも、物語でも、天使が勝つと相場が決まっているのに。


 ……明らかに、ミーシャ先輩の劣勢であった。


 苦痛に歪みながら、魔法陣を展開させて。神々しい剣を幾重にも放っていく。

 その気迫は、今までに見たことのない彼女の姿だった。いつも余裕たっぷりの態度に、時には相手を小馬鹿にしたような話し方。相手が悪魔であっても、それは変わらない。どんな理不尽な敵であろうとも、ミーシャ先輩が手を振り下ろせば、それだけで悪魔は黒い塵へと消えていく。


「はぁ、はぁ!……がふっ、ごほごほっ」


 そんなミーシャ先輩が、押し負けていた。

 人間では扱えきれない魔法『断罪聖典』。そんな魔法を使い続けている反動か、彼女の容姿にも少しずつ変化が現れる。もはや人間を超えた美しさ、……超越存在となりつつあった。


「ははっ、何を躊躇っている!? 何を怯えている!? 貴様らの血筋はそんなものではないはずですよ! 神が敵と判断したものを、無慈悲なまでに殺しつくす。そういう存在だというのに―」


「うるさい、黙れっ!」


 ミーシャ先輩が吠える。

 そして、輝く巨大な魔法陣を展開。人差し指を立てて、銃の形をした右手を、悪魔卿のエドガー・ブラッド卿へと向けた。


「……『断罪聖典』。汝、己の罪を懺悔して、己の罰を受けいれるべし。……落ちろ。第67節、開帳。『占星術士のルーン(Be Still My Soul)』」


 絞り出した声に、空が震える。

 わずかに漂っていた雲が渦を巻いて消えていく。その中心から、小さな輝きが灯ると。


 悪魔卿ロードへと向けて、隕石・・が墜落していった。


 地面が揺れて。

 半壊していた美術館が倒壊を始める。

 あまりの衝撃に、私はカゲトラを庇いながら顔を背ける。

 そして―


「……まさか」


 それでも、悪魔は立っていた。

 巨神の振り下ろした槌を片手で防ぎ、そして、退屈そうなため息をついた。


「ふぅ。正直、期待はずれでしたね。天使の末裔よ。何をそんなに怯えている。何にそこまで躊躇している。貴様たちは、神が遣わした従順なしもべなのだろう。悪魔を殺すための抹消機構。感情なきシステムが天使の本質ならば、どうして友人などを気に掛ける?」


 悪魔卿は首をかしげながら、片手を上空へとかざす。

 そして、極限にまで圧縮させた空気の塊を、彼女の頭上へと突き落とす。


「くっ!?」


 ミーシャ先輩の反応が鈍い。

 綺麗な黒髪は、すでに半分以上が白銀色に染まっていて。背中から生えている翼も、どんどん現実を帯びてきている。


 天使の魔法を使えば使うほど、彼女の容姿が変化していく。

 天使へと、近づいていく。


「……『断罪聖典』全てを退く大いなる者、神の名の元に―」


 彼女が天使の翼を広げて、周囲に純白の羽が舞い上がる。


 だが、その刹那。

 神々しいほどの存在感を放っているミーシャ先輩の、すぐ隣に。悪魔卿のエドガー・ブラッド卿が、その瞳を覗き込んでいた。


「ふむふむ、なるほど。貴様、天使になることを拒んでいるな。そこにあるのは躊躇か。それとも失うことへの恐れか」


「っ!?」


 一瞬、反応が遅れて。ミーシャ先輩が右手を悪魔へとかざす。

 そして、魔法陣を展開させようとするが、わずかに悪魔卿のほうが早い。彼女の細腕を手に取ると、にやりと悪魔じみた歪な笑みを向ける。


「何を恐れている、天使の器よ! 貴様の使命は、悪魔を殺すことだろうが。さっさと人間など辞めてしまって、こちら側に来るといい! 力を持つ存在が道を迷うな」


「……う、うるさい。私は」 


「私は人間だと、そんなことを言うつもりか? 純白の翼を広げて、白銀の髪を靡かせて、太陽の輝きの光輪を頭に載せている。そんな貴様が人間だと!? ……くかかっ、いいだろう。貴様が人間を捨てらないのであれば、私がその脆い心を壊してやる」


「っ、なにを!?」


 ミーシャ先輩が鋭くにらみつける。

 そして、そんな彼女を嘲笑うように。小さな声で耳元に囁いた。


「……あなたの心の傷を、握り潰してやりましょう」


「え」


 ぞわっ、とミーシャ先輩が怯んだ。

 彼女を恐怖したのを、初めて見た。


「えぇ、いい顔です。あなたの心の奥底に眠っている恐れ、恐怖の根幹、心的外傷。それを嫌というほど思い出させてあげますよ」


「い、いや―」


 ミーシャ先輩は慌てるように、悪魔の手を振り払おうとする。

 しかし、悪魔が手を放すはずがない。彼は不気味な笑みを浮かべながら、ミーシャ先輩の瞳を覗き込みながら、呪いの言葉を紡ぐ。


 直後。

 周囲には。


 ミーシャ先輩の悲鳴が響き渡っていた。


 それは、まさに耳を塞ぎたくなるような声だった。

 痛い、辛い、悲しい。おおよそ少女が経験するには、あまりにも膨大な負の感情が、悲鳴となって反響する。いったい、どれほどの辛い経験をしてきたのか、想像もできなかった。


 悪魔卿のエドガー・ブラッド卿は、嗤っていなかった。


 彼女の過去を覗き込んだ瞬間から、その表情を暗いものへと変えていた。これまで彼女が経験してきた人間の悪意を見て、吐き気を催すほどの嫌悪感を示す。それは、悪魔にしては。あまりにも人間らしい反応であった。


 そして、わすか数瞬後。

 ミーシャ先輩の悲鳴が止んで、悪魔卿のエドガー・ブラッド卿は肩をすくめながら尋ねる。


「……それで? これは、どういうつもりですか?」


 ぐったりと意識を失っているミーシャ先輩。

 そんな彼女を守るように、小さな銀髪の少女が。

 ……悪魔に向けて、銃口をかざしていた。


「いい加減にしろよ、クソ野郎が。その脳天をブチまけてやるから、覚悟しろ!」


 ナタリア・ヴィントレスが。

 つまり、私が銃を構えて、悪魔に向かって啖呵を切っていた。



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[良い点] 仲間えの残虐な仕打ちにとうとう姫が動くかあ
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