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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 15:~ Good luck , Your life with Happiness (さようなら、友よ)~
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#12.Evil Smile(悪魔は、静かに嗤っていた。)


 ミーシャ・コルレオーネは、生まれた時から特別だった。

 遥か昔から続く、天使の血を継ぐ末裔。中世時代までは王族として君臨した一族であり、現在では失われた血族とまで呼ばれている。そんな彼女が求めていたのは、ごく普通の平凡な日常であった。


 そのために、髪を黒く染めた。

 そのために、自らの名前を偽った。

 そのために、自分の出自がわかってしまう左右非対称の瞳を隠した。


 全ては、ミーシャの求める日常のため。

 彼女の求める、平凡な幸せのため。


 だが、彼女の生まれ持った血筋は。悪意をもった人間たちによって、その人生を滅茶苦茶にされてきた。汚い大人たちによって、何度も命を狙われてきた。自分たちの利益のために、まだ幼い彼女をスラム街の公園に置き去りにした。


 冬の公園。

 音もなく雪が積もっていき、幼い彼女は誰かが迎えにきてくれるのをじっと待っていた。

 そして、公園のベンチの下で。

 凍死する直前の彼女を、今の両親が拾ってくれた。

 初めて、人の優しさに触れた。


 故に、ミーシャは。

 今の幸せを壊そうとする存在には容赦しない。

 大好きな育ての両親と、大切にしたい友達と、今の幸福を支えてくれている者たちに手を出そうものなら。


 ミーシャ・コルレオーネは、悪魔さえ殺す天使にもなるだろう。


 例え、それが原因で。

 自分がまだ生きていることを、汚い大人たちに知られようとも。

 目の前の敵を、決して許さない―

 その、はずだった―



「……ハッ、ハハハッ! これはどういうことですか!?」


 砕けた瓦礫の中で、悪魔の嗤い声が響く。

 ミーシャ先輩が放った一撃が、悪魔卿ロードのエドガー・ブラッド卿を貫いていた。傍目から見たら、確実に必殺の一撃だった。ミーシャ先輩の想いを込めた魔法。天使の翼を広げて、長い髪を白銀へと変えて、左の瞳だけが妖しく輝いてる。


 間違いなく、本気の一撃だった。


 それなのに、なぜ?

 あの悪魔は倒れないんだ?


「あー、失敬。淑女を前にして、このような馬鹿笑いをしてしまうなんて。礼節にかけていましたね」


 ですが、と悪魔卿は続ける。


「『天使化』をした存在からの攻撃。そう思って身構えていましたが、……なるほど。どうやら、その少女には迷いがあるようですね」


 ……迷い?

 私は驚いて、ミーシャ先輩のほうを見る。

 無数の輝く羽を漂わせて、神秘的な雰囲気を放っている。その外見といい、息苦しくなるほどの存在感といい、とてもこの世の存在とは思えない彼女が、迷いだと?


「……っ」


 その時、私が見たのは。

 悪魔の言葉を聞いて、忌々しそうに顔を歪めた天使の姿だった。


「まったく、愚かな。あなたの先祖は、それはそれは素晴らしい天使でしたよ。たった一人の悪魔を殺すために、国ごと消し去ってしまったのですから。燃える城下町、響く人々の悲鳴。それを前にしても、冷たい目で悪魔が死んでいくのを見ていました」


 ぱんぱん、と悪魔卿の男は埃を叩いて、優雅にスーツの襟を直す。


「それが、何ですか。このザマは? 近くにいる友人のために全力を出さないなんて。悪魔を駆逐するために設計された神の遣いが聞いて呆れます」


「え」


 慌てて、ミーシャ先輩のほうを見る。

 この悪魔が言うことが本当なら、私や倒れているカゲトラのせいで、本気を出せていないことになる。私は不安になりながら、彼女の反応を待つ。

 だが、ミーシャ先輩の態度は、予想とは異なるものだった。


「勝手に人の存在を決めないで。私は、ただの人間よ」


 天使のように美しい存在が、人間のように面倒そうに悪態をつく。


「私の名前は、ミーシャ・コルレオーネ。天使の末裔とか、神の遣いとか、そんなの関係ない。……私は、私の友達を助けるために、お前をぶっ潰すだけよ」


「ふふっ。あくまで人間として、この私に立ちはだかるのですか? ……ならば、容赦はしない。私は天使の血を引くものが、心の底から大っ嫌いでしてね」


 悪魔卿のエドガーが、無表情のまま両手を前に向ける。

 そして、なんの前置きもなく。圧縮した空気の大砲を放ったのだ。

 大気が軋み、大地がせりあがっていく。


 触れたものを灰塵へと帰す暴風に、ミーシャ先輩はただ悠然と立ち尽くす。

 そして、右手を下に向けたまま、小さな声で詠唱を終える。


「……『断罪聖典』。汝、己の罪を懺悔して、己の罰を受けいれるべし。……散れ。第89節、開帳。『聖なる盾のイージス(What A Friend We Have In Jesus)』」


 悪魔卿が放った暴風の一撃は、ミーシャ先輩に触れることなく霧散していく。

 その彼女の周囲には、盾を持つ天使の乙女が、彼女を守っていた。


「ほほう、やりますね。そんな中途半端な状態で、そこまで天使の魔法をコントロールするなど―」


「ふんっ。今度は、こっちから行くわよ」


 悪魔卿の言葉を遮って。

 ミーシャ先輩は再び詠唱に入る。


「……『断罪聖典』。汝、己の罪を懺悔して、己の罰を受けいれるべし。……爆ぜろ。第94節、開帳。『大英霊のグングニル(O Come All Ye Faithful』」


 ミーシャ先輩の足元に、淡い魔法陣が輝いて。一振りの大槍が、光の中から姿を見せる。その大きさは人間には操ることが不可能なほど巨大で、伝承の巨人族を殺すための武装と呼ばれても不思議ではなかった。


「ほう」


 悪魔卿の男が、感嘆するような声を漏らす。

 だが、 不意に。

 ミーシャ先輩の息遣いが荒くなっていた。


「……くっ。はぁはぁ」


 そういえば、背中から広げられている天使の翼が、少しずつ現実味を増していた。

 白銀の髪の上には、天使の輪が出現した。

 どんどん彼女が、伝承上の天使へと近づいていく。

 そんなミーシャ先輩を見て、今度こそ。悪魔卿のエドガーは腹を抱えて笑い出す。


「滑稽! これほどまでに滑稽なことがあるでしょうか!? 天使の少女よ、お前が何をしているのか理解できているのか? 天使化とは魂の変質。人間ではいられなくなってしまう。それを恐れて、自分の心にブレーキをかけているというのに、そんな大魔法を本気で放つのかね?」


「……うるさい、黙りやがれ」


 ミーシャ先輩は、その大槍に手を添えると。

 悪魔卿のエドガー・ブラッド卿に向けて解き放った。


 世界が、神聖に包まれる。

 どこからか讃美歌が聞こえてくる。

 神の祝福があるとするならば、この場所こそが、聖域であった。

 まさに、この世の悪を殲滅するがごとく一撃に、美術館の中庭には。隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターができていた。


 そして、神の一撃を受けて。なお―


「……軽い。軽いですね。これでは、さきほどのカゲトラ少年のほうが、よっぽど強敵でしたよ」


 地中深くに抉られたクレーターの中心に、全身が傷だらけになりながらも倒れようとしない悪魔が。

 静かに、嗤っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 枷を付けて戦ってる状態かあ これはかなりまずい状況ではないか
[一言] 仲間を傷つけてしまうことと人間でなくなることを恐れたミーシャの一撃、悪魔卿への致命傷には届かず。
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