#5. Arthur (アーサー会長)
「会長ーっ! いませんか、会長ーっ!」
「賊だ! 賊が出たぞ!」
真っ暗な視界のむこうで、ドタドタと騒がしい足音が聞こえる。
私は頭に紙袋をかぶせられたまま、手足を縛られて、安いパイプ椅子に座らされていた。声くらいは出せそうだけど、余計な事を言ってハチの巣にはなりたくない。
それに、こうなってしまったら。後は、なるようにしかならない。私は諦めたような気持ちで、先にトイレに行っておいてよかった、と安堵していた。
「うるさいわねー。さっきから何よ?」
ガチャ、と部屋の扉が開いた。
誰かが入ってくる。それと同時に、気だるそうな若い女の子の声がした。
たぶん、ここの学生くらいの年齢だろう。私は、音の反響具合と、紙袋の向こうから差し込んでいる太陽から、自分の置かれている状況を推測していく。
「あ、ミーシャ姫っ! 賊です! 賊を捕らえました」
「ふーん。じゃ、そのまま放っておいて」
ふわっ、と眠そうにあくびをする声が聞こえた。……というか、賊って誰のことだろう? 私のことじゃないだろうな? と首を傾げながら、いつになったら紙袋をとってくれるのだろうかと、ちょっとだけ不安になっていた。
それから数分後。
ドタン、バタン。と何人かがこの部屋を出入りして、最後に優雅な足取りの人物が入ってきたと思ったら。突然、私に被せられていた紙袋が取られた。
「うわっ、まぶしっ!」
夕陽が差し込んでいる。
やはり思っていたとおり、大きな空間のある部屋だった。広さでいえば、学校の教室くらい。ただし、天井はとても高く、二階くらいの高さまで吹き抜けになっている。
部屋の雰囲気は、お洒落で落ち着いた感じだった。
高そうな絨毯が敷かれていて、部屋の中央には楕円形のガラステーブルが鎮座している。それと向かい合うように、高級そうな執務デスクが置かれていた。
この部屋の両端には、天井に届くほどの本棚が並べられており、その本棚のためなのか、庭園作業用の脚立が立っている。ざっと背表紙に目を走らせて見ると、哲学書から流行りの小説まで。さまざまなジャンルが並べられていた。
そんな執務室のような部屋に、JAZZのレコード盤とレコードプレイヤーまで設置されているのだから、もはや文句のつけようがない。
なるほど趣味は悪くないね。
こんな素敵な場所でコーヒーを飲みながら読書ができたら、最高だろうなぁ。
……私の目の前に突き付けられている、この物騒な銃口たちと。殺意が滲み出ている黒服たちさえいなければ。
「海と山、どっちがいい? 好きな方を選ばせてやるぜ?」
「いやいや、完全に殺る気じゃん! 死体を捨てる場所を本人に聞いてるだけじゃん!?」
早すぎる展開に、私は思わず突っ込んでしまった。
普通なら尋問くらいするでしょ、とか思いながら、海と山、どちらがいいのか考えている自分がいた。
うーん、山よりは海かな。いろんなところ行けそうだし。あっ、でも私。泳げないんだよねぇ。バラバラになった自分の体が海を漂っている姿を想像してしまう。
「そうだね。まずは、彼女の話を聞こうか」
そんな時だ。
部屋全体に、男の美声が響いた。私も、黒服たちも。その声を発した人物へと視線を向ける。そこにいたのは、何というか。
……王子様みたいな男子生徒だった。
さらさらの黄金の金髪に、同じ色をした瞳。
夕陽を背に、ゆったりと大きなデスクに腰かけている姿は、名画のように様になっている。
「初めまして。僕の名前は、アーサー。この学校で、生徒会長みたいなことをしている人間かな?」
いや、こちらに問われても困るんだけど。
アーサー会長と名乗る男子生徒は、悠然と執務用のデスクで指を絡めさせると、優しい瞳をこちらに向ける。その人物の声は、どこか安心できるもので、この部屋の緊張感さえ和らげてしまうほどだった。
「(……あぁ、よかった。まともに話ができる人もいたんだね)」
私は安堵のため息をつく。
まぁ、そんなことを考えていられたのは、わずか数秒だったけど。
「それで? 君は、僕のことを暗殺しにきた『悪魔』であると、そう考えていいのかな?」
「あ、はい。……はいっ?!」
咄嗟のことで、思わず肯定しちゃったけど。この人、とんでもないことを言ったよね!?
「やっぱり、コイツ! 悪魔の手先だったのか!?」
「ここの学生に化けるなんて、味な真似をしてくれるじゃねーか! しかも、女に化けるだとぉ? てめーには、たっぷりと銀の鉛玉をプレゼントしてやるぜ!?」
物騒な銃を突き付けている黒服たちが、ぐりぐりと銃口を押し付けてくる。その額には、すでに青筋が立っていて、今にもその銃を口に突っ込んできそうな、そんな狂気すら感じた。
「いやいやいやいや! ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」
「うん、どうしたのかな? 話があるなら聞くよ」
ゆったりと、頬杖をしながら。
やんわりと微笑んで見せる、アーサー会長。
あー、最初に気づくべきだった。
この部屋で最もヤバい人は誰なのかを。銃を構えている黒服たちなんて、まだ可愛いものだった。
だって、このアーサー会長。
微笑んでいるくせに、……目が全然笑ってないんだもん!