表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 15:~ Good luck , Your life with Happiness (さようなら、友よ)~
118/205

#9.We Will Rock You (…俺には、負けられない理由があるんだよ)


「こいつか? ウチの大将が言っていた悪魔卿ってのは?」


「そうよ! さっさとぶっ飛ばしちゃいなさい!」


 私は物陰に隠れながら、カゲトラに檄を飛ばす。

 とりあえず、作戦成功だ。

 私では、この悪魔を倒すことはできないだろう。可能なことといえば時間稼ぎくらいだ。だけど、時間稼ぎをしていれば、この美術館に来ている仲間たちに助けを呼べる。彼らが来てくれれば、この状況でもなんとかできるはずだ。


 先に来たのは、カゲトラだったか。ミーシャ先輩も来ていると言っていたけど、この近くにはいないのか?


 まぁ、いいか。この喧嘩バカさえいれば、相手がどんな奴だって負けることはない。


「というか、あんた。思いっきり殴り飛ばしちゃったけど。あの悪魔、まだ形が残っているの?」


「知らん。少なくとも手ごたえはあった。普通の悪魔なら、一撃で吹き飛んでいるかもしれないが。相手は、あの大将が気をつけろと言うほどの強敵だ。こんなもんじゃ倒せないだろう」


 ボキボキ、と拳を鳴らして。

 カゲトラは自分が殴り飛ばした悪魔の方を見る。

 強烈な一撃を受けて、悪魔卿のエドガーは美術館の壁を突き破っていた。瓦礫が散乱して、舞い上がっている土埃の向こうには、大きな穴が開いている。


 そして、その壁の大穴からー


「ふむ。少々、驚かされました」


 悪魔卿のエドガー・ブラッド卿が、何事もなかったように姿を見せた。驚くことに、まったくの無傷だ。浅黒い肌の顔をわずかに歪めながら、黒の高級そうなスーツについた土埃を払っている。


「今の一撃。ただの拳ではありませんね。圧縮した空気の防御壁の上から、強引に殴り飛ばすなんて。……人間の枠から超えていますよ、少年?」


「……なるほど。こいつは、強い」


 カゲトラが静かに呟く。

 そのまま拳を構えて、軽く呼吸を整える。こいつが悪魔を相手に、手加減をしたところは見たことがないが。ここまで真剣な顔になるのも初めてだ。


「空気を固めて、俺の拳を防いだだと? そんなことはない。俺の拳は、確かにお前に当たっていたはずだぜ?」


「ご明察。あなたの攻撃は、確かに私に届いていた。だが、悲しいかな。その攻撃そのものが、私を倒すのに至っていない」


「……俺の拳は、そんなに軽くねぇぞ」


「えぇ。平凡な悪魔であれば、それこそ一撃必殺でしょう。実際、あなたはそうやって戦ってきた。……ですが、それも今日までです」


 悪魔卿のエドガーが、両手を広げて。

 周囲の空気が、少しずつ振動していく。


「圧縮された空気は、弾丸の威力さえ上回る。あなたに躱すことができますか?」


 ふふっ、と冷たく笑い。

 悪魔卿のエドガーが両手を振り下ろす。

 聞こえてきたのは、ブィーンという不協和音。それと同時に、何か目には見えないものが高速で迫ってくる。


「ナタリア、隠れてろ!」


「へ?」


 物陰から顔を出していた私の、すぐ傍を。

 弾丸となった空気の塊が通過していった。冷や汗をかきながら、恐る恐る振り返ると。鉄筋コンクリートでできている壁に、綺麗な穴が貫通していた。


 ……げっ。こんなん当たったら、ハチの巣どころじゃ済まないぞ!?


「ひぃっ!? か、カゲトラ! あとは任せた!」


「ちっ、言われずとも」


 カゲトラは真剣な目つきになって、敵である悪魔卿を睨む。そんな彼を見て、彼は不気味な笑みを浮かべている。


「善いですね。その表情。まさに悪魔に立ち向かう勇者のごとく。この場に画家がいたら、この瞬間を描かせたいくらいです」


「御託はいい。俺は、五秒しか待てないクチなんだよ。来ないなら、こっちから行くぜ」


 カゲトラは拳を握ったまま、地面を強く蹴り出す。


 まるで、獣のような疾走。

 立ちこめる砂埃さえ、遠くに置き去りにしてしまうほど。カゲトラは一気に間合いを詰める。


「むふふ、度胸もいい。勇気もある。……ですが、それは実力を伴っていなかったら、ただの蛮勇ですよ」


 悪魔卿のエドガーが、両手を広げて。

 再び、空気の弾を放つ。

 目には見えず、その速さは音速の如く。まさに絶対不可避な攻撃を前にして。


 カゲトラは、一歩も引こうとはしなかった。


「……スレッジハンマー流、喧嘩術アルバム第三曲レコード


「むふっ、遅い。遅すぎますよ」


 悪魔卿から放たれた空気の弾丸。

 それらは、カゲトラの目の前に放たれて、……その全てを、紙一重で躱していた。


「むっ?」


 悪魔卿のエドガーが戸惑いの声を上げる。

 それから、幾重にも重なるほどの弾幕を放つ。


 しかし、当たらない。


 その直前に。

 その刹那に。

 カゲトラは一歩も引くことなく前へと突き進む。それはまるで、どこに攻撃が飛んでくるのか見えているかのように。


「(……そうか。カゲトラの先読みをする目だ)」


 少し前に、アーサー会長に聞いたことがある。

 カゲトラには、少し先の未来を見る能力があるのだと。いくら強靭な体躯を誇ろうとも、悪魔と対峙するとなれば命がけとなる。そんな状況でも、常に勝ち続けてきたのは。彼にまつわる能力に他あるまい。


「……歯ぁ、食いしばれ。悪魔卿さんよ。……喧嘩術アルバム第三曲レコード。『Rollロール Overオーバー Beethovenベートーヴェン』ッ!」


 カゲトラが悪魔卿の懐に潜り込んで、至近距離から強烈な一撃を放つ。


 ドゴンッ、と拳が悪魔をとらえて。

 衝撃だけが、体の後ろへと貫通していく。


「むぐっ!?」


 初めて、悪魔卿が嗚咽のようなものを漏らした。

 そのまま追い打ちを叩き込もうと、カゲトラが拳を構えた。


 が、その時だった。


 態勢を崩していた悪魔卿が、ひゅんと背後に飛んで。地上から2、3メートルくらいの高さに着地した。固めた空気を足場にしているのか、屈した膝で体を支えながら、ゆっくりと立ち上がる。


「……驚きましたよ、少年。この私に、あれほどの一撃を浴びせるなんて。およそ、200年ぶりのことです」


 口元をぬぐって、悦楽の笑みを滲ませる。


「何より驚かされたのは、その『眼』です。あなたには未来が見えているのですね? だから、私の見えない攻撃も当たらない。紙一重で回避していたのも、回避行動で無駄な動きをしないため。乱暴で粗野に見えて、その実は。盤上でチェスをするかのような緻密な戦術」


 空中で立ち上がる悪魔卿。

 そこから、カゲトラのことを見下ろしている。


「……ですので、少年には。こういった嗜好など如何でしょうか?」


 ぱんっ、と悪魔卿のエドガーが両手で何かを握り潰す。


 少し離れた場所で隠れている私には、何が起きたのかわからない。カゲトラも拳を構えたまま微動だにしていない。……いや、何かおかしい。先ほどまで直立不動であった奴が、ゆらりゆらりと不安定に揺れていた。まるで、足元がおぼつかない子供のように。


 そんな彼を見て、悪魔卿は嗤う。


「むふふ、ようこそ。暗闇の世界へ。今この瞬間。少年の『視覚・・』を握り潰しました。信号が途絶えた脳は、その瞳に映した光景を認識することはできない」


「なっ!? そんなこと!?」


「できるのですよ、私は悪魔卿ロードですからね」


 悪魔は嗤って、空気の地面から降りていく。

 土の地面に立って、ゆっくりとカゲトラへと歩いていく。


「今の彼には、何も見えていない。ご自慢の未来を見る『眼』も、こうなってしまってはどうしようもない」


 そして、悪魔卿は。

 片手を上に掲げて、今度は球体の空気の塊を生み出していく。唸る空気の渦は、それだけで嵐のように吹き荒れている。


「それでは、楽しかったですよ。少年」


「カゲトラ、逃げて!」


 私が悲鳴を上げる。

 だが、カゲトラは逃げない。拳を構えたまま、まだ戦おうとしている。その目は、何も見えていないはずなのに。


「……さようなら、勇敢な少年」


 悪魔卿は少し悲しそうな顔をして、その暴風雨の塊をカゲトラへと叩きつけた。


 空気の壁が破裂して、辺りに砂塵が立ちこめる。

 吹き飛ばされそうな風圧に、私も瓦礫にしがみついて難を凌ぐほどだった。


 そして―


「勝手に終わりにしてるんじゃねーよ。スレッジハンマー流、喧嘩術アルバム第一曲レコード。『Weウィ Willウィル Rockロック Youユー』ッッ!」


 カゲトラは、地面を駆け出した。

 まるで全てが見えているかのように、飛んでくる瓦礫や石材を搔い潜り、風の流れを縫うように躱して。カゲトラは前へと進む。その動きに、わずかな迷いもない。


 ……そういえば。

 カゲトラの能力とは、本当に未来を見ることなのだろうか? あいつのこれまでの戦いで、一度として。未来を見ることができる、などと言ったことがあっただろうか。


「馬鹿なっ!?」


 今度こそ、驚愕する悪魔卿。

 そして、一瞬にして距離を詰めると。その胸倉を掴んで、目を閉じたままのカゲトラが、にやりと笑った。


「捕まえたぜ、もう逃がさねぇ」


「なぜ、私のことが見えている!? まさか、少年の能力は―」


 その刹那。

 カゲトラの数えきれないほどの拳が、悪魔卿のエドガー・ブラッド卿に叩き込まれていく。身を守ろうとした悪魔卿の防御壁を、幾重にも重ねられた圧縮した空気の壁を貫いて。数えきれないほどの拳で連撃でブチかましていた。


「……We Will Rock You (俺には、負けられない理由があるんだよ)」


 拳を掲げて。

 カゲトラ・ウォーナックルは静かに呟いた―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まずは一撃。
[良い点] つえええなあカゲトラいいぞがんばれー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ