♯7.My Knuckie(私の拳は鉛弾でできている)
「ふにゃーーーっ!?」
気の抜けた猫みたいな悲鳴を上げて、私は逃げ続けている。
上空から落ちてくるのは、石材の塊や、木片の雨。
一瞬でも足を止めてしまったら、あっという間にデッドエンド間違いなし! 私はヴァイオリンケースを抱きかかえたまま、背後にいる存在に悪態をつく。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいって! 知ったかぶりをしたのは悪かったって。だから、そんなに怒んないでよ!」
「いいえ、許しません。別に、人間がどう生きようが興味ありませんが、この私を馬鹿にしたことは絶対に許せません」
「馬鹿にしてないでしょ! ただ、画家や絵画について詳しいんだなって―」
「ほう、それで? 私のことを、美術館でウンチクを垂れる面倒な男だと、そう思いはしませんでしたか?」
「……まぁ、ちょっとは」
正直な自分が恨めしい。
あはは、と笑いながら頭をかきながら笑う。そんな私に、悪魔卿のエドガー・ブラッド卿は、頬を痙攣させながら口を開く。
「……やっぱり、ブチ殺しましょう。殺され方は圧殺と撲殺、どちらがいいですか?」
「どっちもお断りです!」
私は半壊になっている美術館の中に滑り込み、両脚を踏ん張って姿勢を反転。
その勢いのまま、ヴァイオリンケースのロックを解除。中に隠していた銃を取り出すと、迷うことなく悪魔卿を名乗る男に銃口を向けた。
「最後に確認なんだけど、あんたは悪魔なのよね?」
「えぇ、もちろんです。他に何に見えますか?」
「それにしては、随分と流暢に話すのね。私の次くらいには頭が良いんじゃない?」
「お褒めに預かって光栄です。まぁ、偉大な画家の一人も知らないクソ小娘には、私のような高尚な存在は目障りでしょうね」
「あぁん? 誰が頭の悪いクソガキだって? 舐めてるんじゃねーよ」
「では、この美術館に飾られている巨匠ドラクロワの絵画。その代表作といえば?」
「……」
私はそっと息を吐き。
迷うことなく答えを言い放った。
「女は拳で語るもんなのよ! 死にさらせーっ」
対話という平和的なコミュニケーションをこちらから断ち切って、鉛弾で答えてやる。
狙撃スコープを覗き込み、しっかり肩と両手で支えながら引き金を絞る。別に、答えがわからなかったとか、そんなんじゃないんだから!
パシュパシュパシュッ!
完全消音狙撃銃の『ヴィントレス』から放たれた対悪魔用の純銀弾が、悪魔卿へと放たれる。距離は、およそ150メートル。フルオート射撃での精度に不安がある『ヴィントレス』でも、まず外すことのない距離。通常の悪魔であれば、これで決着だ。
……がはは、勝ったな!