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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 15:~ Good luck , Your life with Happiness (さようなら、友よ)~
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#4.Edgar Blood(エドガー・ブラッド卿)


「やっぱり、有名な作品には人が多いねぇ」


 私はため息混じりに、大勢の人間が列を作っているのを見る。


 そこに展示されているのは、教科書にでも乗っている国宝級の絵画。フェルメールだが、ドラクロワだが。確かそんな人物が描いた絵画が飾られている。名作らしいけど、そんなものを見たいがために、列に並んでじっと耐えているなんて。私には、とてもできそうにない。


 私は、人ごみの流されないように頑張りながら、別の展示回廊へと向かっていた。


「こっちは、あまり人がいないのかな」


 先ほどまでの混雑とは打って変わって。

 この回廊には。数えるほどの人物しか見当たらなかった。


 館内地図を見たところ、どうやらあまり人気のない作品ばかりが展示されているようだ。つまり、余りものか。賞賛を浴びる作品は、いつだって人の目の留まりやすい場所に展示されているものだ。いや、逆だったりするのかな? 人目がつく場所にあるから賞賛を浴びるのかも。そんな答えの出ない思考遊戯に戯れながら、ゆっくりと人気のない廊下を歩いていく。


「……へぇ。思ったより、良い作品もあるじゃない」


 私は廊下を歩きながら、時折、足を止めて。壁に展示されている絵画を見る。


 作者が何を伝えたかったのかはわからない。でも、作品を通して、なんというか気迫みたいなものだけは伝わってくる。この絵を完成させるために、どれだけの心血を注いできたのかを。


 そんな作品でも、こうして誰の目につかない場所で展示されていることに、なんというか不思議な気分になってくる。私にしてみれば、先ほどの名画との違いがわからない。


 そして、その廊下の突き当りにある。

 きっと、誰も見ないである作品を見て。


 今度こそ、……息をするのを忘れてしまった。


「……なんだ、これ」


 ひとつの写実絵画であった。画家の少年が絵筆を手にキャンバスに向かっていて、その背後で悪魔が笑っている。一見すると、悪魔が無理やり絵を描かせているようにも見えるけど。不思議なのは、その少年の表情。


 笑っていたのだ。画家の少年も、背後に立っている悪魔も。このひと時を楽しむように、談笑しながらキャンバスに絵筆を走らせようとする。


 作者は不明。

 タイトルすらつけられていない。

 それでも、これは間違いなく。

 この美術館にある作品の中で、もっとも美しいものだ。そう確信してしまうほどだった。


「おや。この絵に興味があるのですか?」


 不意に、横から声がして。

 私は、ゆっくりと振り返る。


「こんな場所に展示してある作品を見るなんて、貴女は見る目がありますね」


 ふむ、と含み笑いを浮かべる。


 異国風の若い紳士だった。

 浅黒い肌に、夜の色のような髪。そして、センスの良いストライプ柄のスーツ姿。目元のあたりに星の印が刻まれていて、切れ目のような鋭い視線は、ここではないどこかを見ているようだった。


「この絵画は、作者不明なんですよ。なんでも19世紀頃に、財政難に陥った貴族が借金の担保に、有名な画家の作品として売りつけたとか。まったく、笑える話ですよね」


「……そうね」


 私は静かに答えながら。

 それでも、本心で彼に答える。


「だからといって、この絵が素晴らしいことには変わらない。きっと有名な画家だったんでしょうね」


「それは、どうでしょうか。死後になって、初めて名声を得られる芸術家は少なくありません。もしかしたら、この作者も。生前は誰にも見向きをされない、無名の画家だったのかもしれませんよ?」


「ははっ。だったら、その時の人間の目がおかしかったのね。これだけの作品。先入観もなく、心を空っぽにすれば。何を伝えたかったのか、すぐにわかるのに」


「ほぅ。それでは、貴女には。この絵が、どういったものなのかわかるのですか?」


 異国風の紳士が、挑戦するような目でこちらを見る。

 私は、自身満々で答える。


「そうねぇ。……友情。いや、楽しかった友達との語らい、かな? 喋ることに夢中になって、肝心のキャンバスにはまったく筆が走ってないもの」


「ほう、それは慧眼。ですが、少年と共にいるのは悪魔ですよ?」


「関係ないでしょ、そんなの。絵画や人間関係に正解を求める方が間違っているもの」


「なるほど。それは素晴らしい答えです」


 異国風の紳士は嬉しそうに頷き、静かに拍手した。


「……どれだけ時代が経とうとも、画家の本心は闇の中です。ですが、貴女の推論は、決して間違ってはいないことでしょう」


「そりゃ、どうも。……じゃあ、そろそろ行くわ。仲間を待たせているんで」


「そうですか。それは残念です。……もし、よかったら。この素敵な出会いを祝して、貴女の名前を教えていただきませんか?」


 その異国風の若者に、私は面倒ながら答える。


「私は、ナタリア・ヴィントレス。ノイシュタン学園の二年生で、どこにでもいる普通の女の子よ」


「ナタリア嬢ですか。覚えておきましょう」


「それで、あんたの名前は?」


「……?」


 私の問いに、その異国風の紳士は少し迷ったような顔になる。

 首を傾げながら、それでも。にこりと、目元の星の印が微笑みに歪む。


「そうですね。私の名前は、……エドガー・ブラッド卿。そう呼ばれています」


きょう? もしかして、貴族とか?」


「いいえ、違います。自分は人間ではありません。あなた方が『悪魔卿ロード』と呼んでいる存在の一人ですよ」


「へ?」


 私が惚けた声を上げて。

 その浅黒い肌をした、異国風の男が。静かに笑みを返すのだった―




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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪魔卿自ら自己紹介とは驚愕 その絵はもしかして本人の楽しかった日々とかかなあ
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