#3.Louvre Museum(首都の美術館にて)
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「ふぅ~、危ないところだったぜぃ」
私は昨日のことを思い出しながら、人知れずため息をつく。
時計塔の執務室に現れた二人。爆炎のミリアさんと、狙撃のスナイベル。『13人の悪魔を狩る者』である彼らが関わっているとなれば、無茶苦茶に面倒な案件に違いない。なにせ、悪魔狩りの専門の殺し屋だ。
そんな彼らに関わったところで、ロクなことにならないだろう。危機回避の本能が見事に働いたのか、彼らのことを見た後の私は、実に機敏だった。
退避&離脱。具体的に言えば、二人のことを見ながら営業スマイルを浮かべて、他愛ない挨拶をしながら、そそくさと逃げ出していた。
背後から、アーサー会長が呼び止める声がしたような気がしたけど、たぶん気のせいだろう。私は階段をひとつ飛ばしにしながら、全力で逃げだしていた。ミーシャ先輩が作戦会議に参加したくなったのも、よくわかった気がする。
そして、翌日。
私は首都にある美術館にやってきていた。
この国が誇るルーブル美術館。別に、美術品を鑑賞する趣味はない。これは学校行事だ。全校生徒で首都の国立美術館へと行く学校行事に参加していた。本当のことを言えばサボってしまいたかったけど、東側に所属するプロのスパイとして、あまり目立つことはしたくない。
美術館の正面入り口にあるピラミッドみたいなオブジェ。その前で全校生徒が集まって点呼をしている。もちろん友達のいない私は、いつものようにボッチ行動だ。
……おい、見ろよ。ナタリアさんが一人でいるぞ。誰か声を掛けにいけよ。
……馬鹿をいうな。あの子の隠れファンは多いんだぞ? ここで抜け駆けしようものなら『ナタリアちゃんを遠くから見守る会』に血祭りにされるぞ。
なんだか、変な視線を感じる気がするけど。
私はきょろきょろと辺りを見渡すが、慌てて視線を外す男子生徒ばっかり。……ちくしょう、そんなに私のことが嫌いなのか!?
「いいもん。一人で回るから」
ぐすん、と込み上げてくる涙をふいて。
私は一人で美術館の中へと入っていった。
首都の美術館は、とても広い。
どれくらい広いかというと、すべての展示物を見るのに一週間はかかるほど。宮殿とも呼べるような豪華な造りに、歴史の重さを感じさせる内装。私としては、古い芸術品よりも。軽快なJAZZでも聞きながら、のんびりとコーヒーでも飲んでいたいんだけど。
そんなことを思っていると、お土産コーナーの隣にあるカフェルームが見えた。
熟練のバリスタが真剣な目でコーヒーを淹れている。おっ、気が利くじゃないか。そんなことを思いながら、引き寄せられるように向かうと、そこには意外な人物が立っていた。
「あれ? カゲトラじゃん。来てたんだ?」
「……なんだ、ナタリアか」
顔に火傷の跡のある男子生徒、カゲトラ・ウォーナックルが肩をすくめている。同じ年とは思えない身長に、制服の上からでもわかる鍛えられた身体。野生動物のように、無駄のないしなやかな体格だ。そんな彼の手には、コーヒーカップが握られていた。
「へぇ、意外。あんたみたいな奴は、こんな学校行事に参加するなんて」
「来る気はなかったさ。俺がいると、他の生徒がビビッちまうからな」
なんだ。自覚はあったのか。
お前みたいな喧嘩上等の不良がいると、私までも同類に思われるから困っているんだぞ。
「ふーん。なんか言いたいことがあるみてぇだな」
「き、気のせいじゃない?」
私は吹けもしない口笛を吹く。
「……今日、ここに来たのは。ウチの大将の指示があったからだ
「アーサー会長の? なんで、また?」
「さぁな。よくわからないが、……警戒だけはしておくように、と言われた」
「何かあったら、学生たちを守れってこと?」
「そこまでは言われてない。……だが」
ちらり、とカゲトラが私の持っているものに目を向けた。
「お前も似たようなことを言われたから、そいつを持っているんだろう」
「……ふん」
私は不機嫌な顔になって、視線を外に向ける。
私が手に持っているのは高級楽器メーカーAMATIのヴァイオリンケース。もちろん、その中に入っているのはヴァイオリンではない。
試作型の消音狙撃銃。特殊な銃弾を使用することで、銃声を極力抑えることに成功したマルチライフルだ。400メートルまでの狙撃を可能にして、フルオートでの射撃もできる。
「言っておくけど、何があっても私は助けないから。自分の命が一番大切だもの」
「あぁ、それがいい。お前は弱いからな」
カチンッ、とカゲトラの言葉が神経を逆撫でる。
そりゃ、あんたみたいに。拳ひとつで悪魔を殴り飛ばすことはできないけど。こっちは普通の女の子として精一杯に生きているんだぞ。もし、お前がピンチになっても、絶対に助けてやらないからな。
「そういえば、ミーシャの姉御も来てたな」
「ミーシャ先輩まで? なんでまた?」
「知るかよ。それに、アーサーの大将まで後で合流するって話だし。いよいよ大事になってきたな。まったく、面倒ごとにならなきゃいいんだが」
それは、お前も同じだろうが。
悪魔を拳だけで殴り飛ばして、泣いて土下座までさせるような奴だぞ。
それにミーシャ先輩だって、まともな人間とは言い難い。
悪魔を滅ぼす魔法を使える、悪魔殺しの姫。暴虐武人の黒髪先輩。たまに、天使の末裔とか呼ばれていたりするけど、実のところよく知らなかったりする。……あの人の性格が悪いこと以外は。
「とにかく、お前も気をつけておけ。何かあったら、すぐに逃げろよ。あとは、俺たちが何とかするから」
「へいへい。それは頼もしい限りで」
私は小バカにしたように肩をすくめると、カフェルームから離れていく。
そんな大事件なんて、そうそう起きるわけがないだろうが。ここは首都が誇るルーブル美術館だぞ。誰が好きこのんで、こんな場所で事件を起こすんだ。悪魔だって、それくらいの空気を読めるっての。
そんな呑気な気分で、私は美術館のエントランスへと向かっていった。
手に持っている、ヴァイオリンケースを握りしめて―