♯2. Load(悪魔卿)
時計塔の執務室には、他のメンバーはいない。
ミーシャ先輩は掃除当番だと言ってたし、カゲトラは顔を出さない時も普通にあるけど。意外なのは、あの黒服兄弟もいないことだった。普段なら、アーサー会長の書類仕事を手伝っている印象があるけど。……お使いにでも行っているのかな?
「ナタリアさん。どうも君には、悪魔が関わっている事件と変な縁があるようだから。改めて、ちゃんと説明をしておこうと思うんだ」
「はぁ。何についてですか?」
「この街にいる悪魔について、だよ」
アーサー会長はこちらに歩いてきて、私と向かい合うように座る。ピリッ、といつになく真面目な顔をしていた。
「君に話したこともあるけど、この首都にいる悪魔たちは。一年前に起きた大災害、『悪魔の証明』事件が切っ掛けて呼び出された存在なんだ」
「そういえば、そんなことを言っていましたね」
この首都を跋扈する悪魔たちは、昔からいたわけではない。
とある事件によって引き起こされた人災であると。その内情は、東側のスパイである私も、まったく知らなかったことだった。
……そして、この身体の持ち主。
……ナタリア・ヴィントレスを巻き込んでしまったのも。全ては悪魔が元凶だ。
「『悪魔の証明』。その事件の首謀者は、すでに捕まっていているんだ。その人物は、誰も知らない刑務所で、24時間の監視体制で幽閉されている」
そして、その時に呼び出された悪魔の数は、666体だと言われている、とアーサー会長は言った。
数が不確かなのは、呼び出した本人が自供しているだけで、確かめる方法がないからだそうだ。
悪魔は人間社会にとって脅威だ。
だが、これまでの戦いを振り返ってみればわかるけど、悪魔に対抗できないわけではない。むしろ、打ち勝つこともできる。
時計塔が誇る『No.』や、悪魔狩りを専門としている『13人の悪魔を狩る者』。悪魔たちと戦う組織も、こうやって存在しているのだから。
「問題は、ここからだ。呼び出された666体の悪魔たち。そんな彼らとは一線を画する存在がいる。能力も実力も、そして異常性も。他の悪魔とは格が違う」
悪魔を越えた超越存在。
666体の悪魔を上回る実力者。
「それが、……5人の『悪魔卿』たちだ。彼らは強い。現在、こちらで確認している悪魔卿は3人。残りの2人は存在が不明とされている。現在も、『13人の悪魔を狩る者』を筆頭に、残った悪魔卿を捜索している」
「へぇ。でも、強いって。どれくらいなもんなんです?」
私はマグカップのコーヒーを、ずずっと啜りながら気軽に尋ねた。
そして、それに対して。
アーサー会長は感情を感じさせない声で答えた。
「そうだね。まず基本的に、彼らを倒すことはできない」
「は?」
「つまり、不死身だ」
「……」
「さらにいえば、僕たちの人知を越えている強大な力を持っている。彼らと本気で戦争をしようものなら、この首都が壊滅してしまうだろうね」
「……なんの冗談ですか?」
私の問いに、会長は乾いた笑みで答える。
「ははは、冗談だったら良かったね。そんな存在が相手だから、僕たちも対応に困っているんじゃないか」
はぁ、とアーサー会長がため息をつく。
「そして、これが一番の問題なんだけど。彼らは偏執狂といってもいいほど、何かに固執する傾向にある。それも人間とは異なる価値観で物事を語るものだから、実際に手に負えないんだよ」
「あ、会話はできるんですね?」
「言っておくけど、理性のある獣ほど厄介なものはないよ?」
そこに解決策はない、というようにアーサー会長は即答した。
そんな悪魔卿が何かをしようとしている。そのための対策会議を時計塔で行うのだと、会長は説明する。
「ミーシャが来ないのは、会議に顔を出したくなかったからさ。黒服のペペとナポリは、会議に参加する人たちを迎えに行っている」
「へー。でも、ここで会議なんて大丈夫ですか? この執務室はそれなりに広いですけど、そんな何十人も入りませんよ?」
「それは大丈夫。会議に出席するのは、二人だけだからね」
「え? 二人」
「うん。君も知っている人たちだよ」
そう言っている内に、時計塔の階段を上る足音が聞こえてきた。頑丈なセキュリティーが解除させる音がして、執務室の扉が開かれる。
そして、そこにいたのは―
「ご無沙汰しています、時計塔の会長さん。コルレオーネ・ファミリーの三代目首領。ミリア・プロヴァンス、対策会議に馳せ参じました」
「……ミーシャは、いないのか。せっかく顔が見れると思ったのに」
ピンク色の髪に、火のついていない長い煙草。黒スーツに身を包んだ背の高い女性、『爆炎のミリア』さんと。
長い楽器ケースを手に持った、不愛想な男。狩人のような鋭い目を向けている、『狙撃手の男』。
悪魔を狩る専門の人外たち。
人間を辞めてしまった怪物ども。
異形のモノを、いとも簡単に屠ってしまう本物の実力者。
この首都の、最後の切り札とも呼べる『13人の悪魔を狩る者』の二人が。
私の目の前に立っていた―