♯1. 120 years later (だから私は、お前たち人間が嫌いなんだ)
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ゴッホ、という画家は知っているかい?
……そうかい。
それでは、パブロ・ピカソは?
ヨハネス・フェルメールは?
エドゥアール・マネは?
……どれも全員知っているって。
……みんな有名人じゃないかって。
そうだな。その通りだ。誰もが知っている偉大な画家たちだね。
じゃあ、それでは。
ビゼ・クローチという画家は知っているかい?
なに、知らない?
それはおかしいな。
彼も、先ほどと同じ偉人たちと肩を並べるほどの、大画家だというのに。
生前、真っ白なキャンバスと向き合って、彼の信じる美しさへの挑戦を続けてきた。心からの渇望を、心からの慟哭を、そして心からの喝采を。ひとつの絵画として、この世界に生み出そうとした。
そうだな、先ほどの画家たちと違うところを挙げるなら。
彼が本当に評価されるのは、今から『120年後』ということかな。君たちにとっては遥か未来だろうが、私にとっては明日のようなものだ。
誰が見ても、彼の絵画には圧倒されるだろう。
誰が見ても、彼の技量を絶賛したはずだろう。
そうでないのは、お前たちが自分の目で見ようとしていないからだ。誰かの言葉を借りるだけで、気取った評論家の言うことを鵜呑みにして、彼のことを売れない画家として貶めた。
どうして彼が生きている内に、その絵を称賛できなかったのか。
どうして彼が絶望で苦しんでいる時に、その傑作を正当に評価してやれなかったのか。
それが、腹立たしくてならない。
……だから私は。
……お前たち人間が、嫌いなんだ。
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「……ナタリアさん。君は、『悪魔卿』という言葉を耳にしたことがあるかい?」
夕方の放課後に。
時計塔の執務室にいるアーサー会長が、私のほうを見ながら言った。
珍しく書類仕事に追われていなかった。優雅にティーカップを傾けている、その姿は。この時計塔の代表に相応しいものがあった。
「悪魔卿? 初めて聞きました。……あ、いや。ちょっと待って」
私はこみかみに手を当てて、記憶を手繰り寄せる。
そういえば、ここ最近に出会った人たちが、そんなことを言っていたような気がする。確か、「悪魔卿が動き出している。気をつけろ」みたいな。
そのことを伝えると、アーサー会長は唸るように頷いた―




