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#4. Missing my bag(鞄がない、だと?)


 放課後。

 無事にトイレを済ませて、るんるん気分で教室に戻ると、とんでもない事態になっていることに気がついた。


「……鞄がない、だと?」


 ぽとり、とハンカチが床に落ちる。


 そんな馬鹿な。この学校にはイジメなんてないと思っていたのに。まさか、登校初日から、こんなことになるとは。


「いや、問題はそこじゃない」


 そうだ。あの鞄には、私の銃が入っている。

 小口径の拳銃『デリンジャー』。予備の弾も合わせると、計8発。それはつまり、簡単に何人も殺せるものを、紛失してしまったといことだ。


 ……ヤバい! それだけはヤバい!


 背筋に冷や汗を流しながら、報告書の束で『S』主任に殴り殺されている自分を想像する。いや、殺されるほうが、まだ幸せかもしれない。今回のミスをネタに、一生コキ使われる未来が待っているだろう。


 故に、行動は実にシンプルだった。


「み、見つけないと! 誰かに見られる前に!」


 ハンカチをスカートのポケットにねじ込んで、大急ぎで自分の机に向かう。

 

 教室に、他の生徒はいない。

 目撃者がいないことはキツイけど、これくらいの危機は、いくらでも乗り越えてきた。私はプロのスパイだ。状況証拠から、的確な推測と判断を―


「って、あれ? なんか机にメモが貼ってあるけど」


 私は、そのメモに視線を落とす。

 そして、そこに書かれているメッセージを見て、やはり首を傾げるのだった。



『―あなたの鞄はお預かりしています。丁重に保管してありますので、放課後になったら『時計塔』まで取りに来てくださいー』


 ……。

 ……なんだこれ?


 時計塔って、アレだよね。この学校のシンボルタワーみたいな建物。学園敷地の隅に立っている、レンガ造りの大きな鐘楼。この街のどこからでも、その塔の時計が見えるため、街の人々に愛されているとか。そんな場所に、なんで?


 私は疑問を抱きながらも、言われたとおりに『時計塔』が立っている場所へと向かう。 

 

 特別な注意や警戒心などない。だって、そうだろう。私は、曲がりなりにもプロのスパイだ。敵国の軍司令官の浮気現場だって、カメラに抑えたことがある。そんな私が、こんな普通の学校で、何をビビることがあるだろうか。


 ……結果として。

 それが大きな間違いであると気づかされるのだけど。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「あん? なんだ、この女子生徒は!?」


「ここに何の用だ? 返答によっては生きて返さねーぞ? こらぁ!?」


 黒服のスーツを着た屈強な男が二人。

 私を見下ろすように立ちはだかっていた。ひとりはクチャクチャとガムを噛んで睨んでいて、もうひとりはサングラスの奥の瞳を険しくさせている。


 まるで、『時計塔』を守るマフィアだ。

 パッと見ただけで、関わり合っちゃいけない人たちだとわかる。彼らから放たれている殺気のような緊張感は、実戦経験を経ている私であっても、十分に威圧することができた。


 ……ぶっちゃけ、すでにチビりそうだった。


「え、えーと。ごめんなさい! 私、まだ学校に慣れていなくて。道に迷ったら、こんなところに出ちゃったんですけど!?」


 必死に、普通の女の子のフリをする。


 愛想笑いを浮かべながら、強張った表情に汗を浮かばせる。

 プロのスパイとして、こういう場面での演技は巧妙でなくてはいけない。だが、悲しいことに。私は本気で、ここから逃げることだけを考えていた。


「(……だって、あの黒スーツの下。絶対に何か隠しているもん!)」


 不自然に膨らんだ男たちのスーツ。

 銃。それも拳銃なんてチャチなもんじゃない。サブマシンガンかマシンピストルの類だ。そんなものをフルオート射撃されたら、さすがに生きている自信はない。


 私はあたふたと慌てながらも、懸命に道に迷った女の子を演じる。その努力が実を結んだのかわからないが、黒服の男たちは安心したように、ホッと息を吐いた。


「なんだぁ~、ただの迷子かよ。ははっ、悪かったな。驚かせちまって」


「……その道を真っすぐにいけば、正面玄関だ。後は、自分でなんとかなるだろう」


 意外なことに、さっきまで殺意MAXだった黒服たちは、急に態度を変えた。


 親しみやすい笑みを浮かべては、ぼりぼりと頭をかく。

 先程までとは違って、気軽に話しかけられるお兄さんといった感じだ。もうひとりのサングラスをかけている男にいたっては、ポケットから棒付きキャンディーを取り出すと、私に勧めてくるほどだった。


「食うか?」


「あ、どうも」


 私は差し出されるまま、そのキャンディーを受け取ってお礼をする。


 気をつけてか帰るんだぞー。

 と、黒服のひとりが大きく手を振って見送ってくれた。このまま帰宅できたら、どれだけよかったことか。私は、女子寮のあるほうへ足を向けたところで、自分が何をしにここに来たのか思い出した。


「……あ、そうだ。すみません。私は『時計塔』に用があったんですけど、この中に誰かいるんですか?」


 振り返りながら、軽い口調で問いかける。


 瞬間。黒服たちの表情が。

 ……また、180度ほど変わった。


「あ゛ん!?」


「なんてだと、てめー? 今、何て言った!?」


 さきほどまでのフレンドリーな態度はどこにいったのか。

 睨むだけで人を始末できるんじゃないか、ってほどの殺意を込めて、私のことを見てくる。

 

 え? 何か聞いてはいけないことを聞いちゃったのかな? あれれ~、と私が困惑しながら苦笑いを浮かべてみるけど、彼らが笑ってくれることはなかった。


 結論から言おう。


 私、ナタリア・ヴィントレスは。

 この日。学園の敷地内で、見るからにヤバそうな人たちに、頭から紙袋をかぶせられて、縄でぐるぐると縛られたあげく。


 ……どこかに知らない場所に、拉致されてしまいました。

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