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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 13:~The days of Romanee-Contie(ノイシュタン学院盗難事件。赤ワインは見ていた)~
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#6. ENZAI(犯人はコイツです!)


「クケケ、やりやがったなぁ」


 校長室には不釣り合いの壁掛けの時計。

 声の主は、その時計だった。ギロッ、と盤面に不気味な目が開き、歪んだ口でせせら笑う。長針を射止めるように刺さった銀製のフォークを、背後から伸びた黒い手で抜き取ると、ニタニタと笑いながらこちらを見下ろす。


「クケケケッ、よくわかったじゃねーか。この俺様が、違うモノに化けられる能力を持っていることに」


 不気味に笑う壁掛け時計、……時計の悪魔は、愉しそうに口元を歪める。

 その姿を見た私は、思わず臨戦態勢に入っていた。


「か、会長。どうするんですか?」


 一応、アーサー会長に声をかけておく。

 何を言われるかは。なんとなくわかっているが。それでも受け入れがたい心情というものがあるのだ。もしかしたら、私が考えていることと違う言葉を言ってくれるかもしれない。


 そんな淡い期待を込めて、自分の先輩に指示を乞うが―


「うん、そうだね。相手が悪魔なら仕方ない。……最初から・・・・いなかった・・・・・ことにしてあげて」


 ……つまり、ぶっ殺せということか。


 この人。ニコニコと笑いながら、とんでもないことを言ってくるなぁ。ちらり、と同行していたミーシャ先輩を見るけど、彼女もやる気がないらしく。自分の黒髪の毛先をくるくると指で遊びながら他人事のように振舞っている。


「(……あー、つまり?)」


 私一人で、こいつを倒さないといけないのか?

 華奢で可憐な少女に向かって、悪魔を退治させようとするなんて。何という鬼畜外道か。私なんて何もできない、普通の女の子なんだぞ。


「クケケ、お前たち。俺様の同族と会ったことがあるな? だが、俺様はそんな下級の悪魔とは違う。体を変化させて、誰からも気づかれずに行動できる。……例えば、これだ!」


 そう言って、時計の悪魔が背後から取り出したのは―


「は? 体操服?」


「クケケ、そうさ。俺様は女子更衣室に忍び込んで、この服を盗んでやった! しかも、誰にもバレずにだ。こんなこと他の悪魔もできはしないだぜ!?」


 どうだ、凄いだろう! と愉快な声で、時計の悪魔は笑う。

 その姿に、私は頭が痛くなりそうだった。


「それだけじゃない! 美術室に潜んで、大切に使っていた絵筆を盗んでやったし。この部屋では、金庫に大切に保管されていた書類も盗んでやった。……嗚呼、たまらない! 俺様はなぁ、人が大切にしているものを盗むことで、最高の快楽を得られるんだぜ!」


 クケケケケケッ、と妙に寒々しい声が響く。


 少し前に、アーサー会長が言っていたけど。悪魔たちは、人を困らせることをしたいのではなく、自分たちが望む快楽のために活動している。そんなことを言っていたけど。

 つまり、コイツは。

 学園内に忍び込んだ、みみっちいコソ泥ということか。なんとも情けない。仮にも、悪魔だろうに。


 ……。

 ……ん? コソ泥?


 瞬間、私の頭の中で。ひとつの妙案が思い浮かんだ。


「クケケ。でも、見つかっちまったのでは仕方ない。ここは逃げさせてもらって、次の獲物を探しに、……痛ぇっ!?」


 時計の悪魔が、姿を変えて逃げ出そうとする。

 その直前。

 私は校長の机に足をかけて、空中へと蹴り出していた。そして、そのままの態勢で、時計の悪魔に向かって飛び蹴りを放っていた。


「逃がすかよ、この盗人がぁぁ!」


「フギャ!?」


 めきゃ、と小粋な音を立てて、時計の悪魔が壁に打ち付けられる。顔を思わしき盤面は醜く潰れていて、黒い血のようなものを吐きだす。


 そして、ぱたんっと床に落ちた。


「……ク、クケケ。この女、調子に―」


 だか、仮にも悪魔。

 この程度では倒すことはできない。時計の悪魔は怒り狂ったように、その姿を鋭利な刃物へと変えようとする。こちらに向けられている瞳からは、憎しみが溢れていた。


 しかし、そこまでだった。

 私は悪魔を壁際に追い込むと、その拳を握りしめる。


「おらおらっ、ボディがガラ空きだぜ!」


「ゲフッ!?」


 時計の悪魔が、嗚咽を漏らす。


「どうした、どうした! 足が止まっているぜ!」


「アギャバッ!!」


 時計の悪魔が、床を転がっていく。


「まだまだぁ、脳天をカチ割ってやるよぉ!」


「ピ、ピギィィィ!?」


 時計の悪魔が、頭部と思われる場所を踏みつける。

 たまらず悪魔が逃げだそうとする。だが、それを執拗に追いかける銀髪の少女。……つまり、私は壁際に追い込んでは、変身する隙を与えずに無慈悲な連撃を浴びせていく。


「ギャ、ギャギャ!? なんだ、この女! まともじゃねーよっ!」


 時計の悪魔は、もはや半泣きで叫んでいた。

 そんな悪魔を前にして、私はため息をつきたくなる。

 まったく、失礼な奴だ。私ほど普通な女の子など、そうそうはいないぞ。ただ、目的のためには手段を選ばないだけだ。それだって、普通の女の子と同じだ。ほら、よく言うだろう。恋と戦争のためには手段を選ばない、と。


「(……まぁ、私の場合。ロマネ・コンティエという名前の最高の友のためだけどね)」


 アーサー会長とミーシャ先輩が見守っている中で、とうとう私は時計の悪魔を追い詰めた。その悪魔の顔からは、不安と超えて、恐怖すら浮かんでいた。


「さぁ、この学園で盗んだものを全て出しなさい!」


 私は、左手にヴァイオリンケースを握ったまま、悪魔に最後通告をする。デリンジャーの銃口を、その悪魔の眉間に押し当てながら。


「ク、クケケ。誰が、そんなことを―」


 パパンッ!

 聞きなれた銃声が響き、悪魔のすぐそばにふたつの銃痕が生まれる。


「聞こえなかった? 盗んだものを全て出しなさい。そうすれば、苦しまずにあの世に送ってあげるけど」


「ひぃ!? わ、わかった! 全部、返すから許してくれぇ!」


 とうとう、時計の悪魔の心が折れた。

 悪魔は恐怖に顔を引きつられたまま、自分の背後から盗んだものを出していく。美術室の絵筆、下駄箱の靴、卒業生のトロフィー。本当にロクなものを盗んでないな。こういったところが人間と悪魔の価値観の違いかもしれない。私はデリンジャーのリロードしながらため息をつく。


 そして、最後に。

 この校長室で盗んだという重要書類を出した。妖艶な熟女が表紙を飾っているグラビア雑誌だ。あのロマンスグレーな校長、仕事中にこんなものを見ていたのか。


「こ、これで最後だ。頼むから、見逃してくれぇ」


 悪魔が懇願する。

 以前にも、似たようなことがあったな。こんな時の悪魔は信用してはいけない。何かを企んでいるに違いないのだから。その証拠に。時計の悪魔の目が、どこか鋭いものへと変わっていた。


 ……まぁ、それは私も同じか。


「これで最後? 嘘を言うんじゃない! まだ、隠しているものがあるでしょう。それを出しなさい!」


 その言葉に驚愕したのは、むしろ悪魔のほうだった。


「なっ!? 本当だ、これで全部だ。もう何も隠していない!」


「あー、白々しい。この期に及んで、まだ隠し事とは。これだから悪魔は信用できないのよね」


 ちらり、と私はアーサー会長たちを見る。


「さぁ、あなたが盗ん・・・・・だんでしょう・・・・・・!? 時計塔にあった高級な赤ワイン。あれは大切なものなの。それを早く返しなさい!」


「な、何を言っている。俺様は、そんなものを盗んで―」


 ちっ、めんどくさい。

 お前は余計なことを言わなくていいんだよ。私はデリンジャーの銃口を、悪魔を口に突っ込むと。激しい舌打ちと共に、汚物でも見るような目で見下す。


「……ごちゃごちゃ、うるせぇな。あんたは私の言うことに頷いていればいいんだよ」


「もがもが、もがっ!?」


 目を白黒させる時計の悪魔。

 それを放置して。私は自然な笑顔を浮かべてながら、アーサー会長たちへと振り返る。


「アーサー会長ぉ。やっぱり、この悪魔が会長のワインを盗んだみたいですぅ」


「もがっ!?」


「でも、どうしても返したくないみたいですね。どうします? やっちゃいますか?」


「もがもがっ!?」


 時計の悪魔から、冷や汗がだらだら垂れている。

 ようやく、こいつも気がついたようだ。冤罪を着せられて始末されそうになっていることを。はっはっは、悪いな。お前には私のために尊い犠牲になってもらうか。


「はぁ、仕方ないね。贈り物のワインより、悪魔の退治のほうが優先だ。……やっちゃって」


「はぁ~い」


 私は悪魔へと振り返り、心の底の感情を表に出す。

 ふふっ、計画通り。これで、あの赤ワインは私のもの。久しぶりの酒宴に、今から心が躍りそうだ。決して少女が浮かべてはいけない極悪面になっているのを実感しながら、デリンジャーの引き金に指をかける。


 と、その時だった。

 時計の悪魔が、最後の抵抗を見せたのだ。私に撃たれることを覚悟して、そのまま外へと続く扉へと飛び掛かってきたのだ


「もが、もががーっ!(こいつ、人間じゃねぇ!)」


「なっ!? こら、待て!」


 一瞬の隙を突かれて、引き金から指が離れてしまった。

 このままでは、あの悪魔に逃げられてしまう。


 仕方ない。私は左手に握っているヴァイオリンケースを手元に引き寄せると、その留め金を外そうとする。普段から持ち歩いている消音狙撃銃を取り出そうとして―


「っ!?」


 その中に隠してあるものを思い出して、慌てて留め金をロックした。


 そして、デリンジャーを両手で構えて。

 引き金を絞った。

 小口径の銃から放たれた銃弾は、悪魔の眉間を貫き。

 その姿を、黒い塵へと変えていった。


 最後に、その悪魔の泣き声のような声が聞こえた気がした……





次回、この話が終わります。次のエピソードは、……ナタリアちゃんの心の中の話でも書こうかなと考えています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪魔の方に濡れ衣をきせていくスタイルw 隠し場所はそこかあ
[一言] 悪魔に冤罪を着せて抹殺、えげつない。 そして隠し場所そこだったのか。
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