#4. Case 2(第二の事件)
次に向かった現場は、女子更衣室だった。
体育の授業や、部室のない運動部が使う場所で、女子生徒しか入ることはできない。当然ながらセキュリティも厳しい。更衣室の鍵は常に職員室で保管されているし、誰かが勝手に持ち出すことはできない。
「ふむふむ、なるほど。これは難事件だ」
入り口付近に自分のヴァイオリンケースを立てかけると、私はずかずかと女子更衣室に入っていく。
自分のような人間が、女子生徒の更衣室に入ってもいいのかと問われるかもしれないが、それについては問題ない。なにせ、今の私はどこから見ても普通の女の子だ。銀色の髪をなびかせて、短いスカートの制服を揺らす。しかも、ちょっと可愛い。そんな人間が、どうして女子更衣室に入ることに躊躇するものか。
「(……まっ、実際のところ。授業とかでよく使っているしね)」
私は悪びれることなく、自分の存在を肯定する。
それよりも、だ。問題なのは、当然についてきたアーサー会長とミーシャ先輩だ。
ミーシャ先輩は別にいい。学園で一番の美人だと断言してもいい女子生徒だし、何の問題も似ない。
だが、その隣の男子生徒。アーサー会長まで入ってるのはいかがなものか。ここは女の子の聖域だぞ。男が入っていい場所ではないんだ。それを指摘してやると、この男はあっさりと―
「ははっ、大丈夫だよ。ちゃんと調査の許可を取っているから」
女子生徒を虜にする鬼畜スマイルで答えやがった。
しかも、入り口付近で混雑している女子生徒たちからは、非難の声どころか、きゃー、きゃーと黄色い歓声が上がる。なぜイケメンが更衣室に入るだけで、ここまで盛り上がれるのか。……くそ、解せぬ。
「仕方ないわよ。コイツ、馬鹿みたいにモテるから」
ミーシャ先輩が呆れたように言った。
アーサー会長の話では、ミーシャ先輩は彼を追って、『NO.』に入ったのだとか。だとすれば、周囲の女子たちが憧れの視線を向けているのは、彼女にしてみれば気にいらないことだと思っていたけど。
「いいのよ。騒ぐだけの有象無象ならね」
なるほど。これが正妻の余裕か。
実際に口には出せないが、アーサー会長がミーシャ先輩のことを気にかけているのは見ていてわかっているし。もはや、先輩以外の女子は、女とすら見ていない可能性だってある。そうでなければ、初対面の時に、私のような美少女を相手にして、縄でイスにぐるぐる巻きにした挙句、にこやかに尋問なんてできるわけもないからな。
……やはり、まともな人間は私だけか。心の中でため息をつきたくなる。
「それで? ここでは何がなくなったの?」
「体操服らしいですよ。体育の授業で着替えようと思っていたら、ロッカーに入れておいた体操服が袋ごとなくなっていたとか」
ミーシャ先輩の問いに答えながら、私は更衣室の外で待っている被害者の女の子を見る。
彼女も肯定するように、何度も首を縦に振る。
「ふーん。で、その間は鍵が掛けられていたと」
「えぇ。完全な密室での犯行ですね」
私とミーシャ先輩は、何か変わったところがないか調べていく。
「特に変わったところはないけど。窓も鍵がかかっているし」
やっぱり、この更衣室も合鍵を持っている人物の犯行か!? 私は、先ほどの失敗を綺麗さっぱりに忘れて、更衣室の扉の鍵の前に立つ。
「この女子更衣室の合鍵を持っている人は?」
廊下にいる運動部の女子たちに聞くが、彼女たちも顔を見合わせている。
そのうち、体操服姿の女子生徒が声を上げる。
「たぶん、誰も持っていないと思いますよ。更衣室の鍵ですし、他の部屋よりも厳重に保管されていますし」
「そうですよ。それに女性の先生しか、この鍵を持てない決まりになっています。……あっ」
でも、待てよ。
と、ギャラリーの女子が口を挟む。
「一人だけ、自由に鍵を開けられる人がいます」
「へぇ。それは誰?」
私はにこやかに微笑みながら、心の本音が漏れないように気をつける。……おやおや、新しい犠牲者の発見か?
「えっと、運動部顧問のダン先生です。先生は運動部の使う部室のマスターキーを持ち歩いていますから。もしかしたら、可能じゃないかと」
あまり自信のなさそうな女子生徒。
そんな彼女の背後から、背の高い男の教師が近づいてくるのが見えた。彼は手を振りながら、こちらへと顔を向ける。ダン先生だ、と誰かが言った。
「おう、こんなに人が集まって。何かあったのか? はははっ!」
その存在感は、他を圧倒するものがあった。
鍛え抜かれた上腕二頭筋と胸筋。上はランニングシャツだけで、下も短パンのみ。そこから見える両足も、バキバキに鍛えられていた。
マッチョだ! 筋肉から足が生えた存在がそこに立っていた。
「あぁ、そういえば。女子更衣室で盗難騒ぎがあったんだったな。それで、何か手がかりが見つかったのか?」
そして、マッチョという奴は。
そのほとんどが変態だ(偏見)。
自らを追い込むことで、そのマッチョ体系を維持している。つまり、変態でしかマッチョになれない。ならば、私が変態に手を下しても、さほど問題にならないだろう。もはや率先として駆除してもよいと言っても過言ではない。
「はははっ! お前たちも大変だな。こんな騒ぎにまで顔をだす―」
「お前かぁ! 時計塔のワインを盗んだのはーっ!」
ドカドカッ、バタンッ!
一瞬のことだ。
私は、変態マッチョの背後を取ると、そのまま地面に叩きつけた。そして、隠し持っていたボールペンの先端を眼球へと向ける。
「のわっ! な、なんだ!?」
「おうおう、とぼけるんじゃねーよ。教師ともあろうものが、女子更衣室から体操服を盗むとは。随分と片腹痛い事件じゃねーか?」
真実は、いつだって単純なのだ。
この変態マッチョが、マスターキーを使って女子更衣室に侵入。そして、ロッカーから体操服を盗んで、思う存分に堪能したに違いない。あぁ、そうだ。そうに違いない。
「ま、待て。お前は、二年生の、……ナタリア・ヴィントレスだったか。馬鹿なことはよせ!?」
「おっと、先生よぉ。下手に動くんじゃねーぞ? あんたの手首がへし折られるのも、私の気分しだいなんだからさぁ」
悲しい事件だった。
だが、この通り犯人は捕まった。
……さて。ここからが、私の仕事だ。
「さぁ、大人しく盗んだものを出しな。女子の体操服だけじゃねぇ。もっと、あるだろう? 時計塔から盗み出した『赤ワイン』とかよぉ?」
「わ、ワインだと? 何のことだ?」
「おいおい、惚けちゃいけねーなぁ。お前が盗んだんだろう? マスターキーを持っているくらいなら、あの時計塔にだって入ることができるだろう?」
「ま、待ってくれ。本当に何のことだか、……あれ? な、何で腕が抜けないんだ!?」
変態マッチョ教師は、私に押し倒されたまま芋虫のようにもがく。
私みたいに体の小さい人間には、大きな相手を倒すためのテクニックがある。こいつのように体重がある相手には、それを利用して拘束するに限る。手首を捻った状態で、本人を背中から押し倒す。スパイ養成学校で二年の歳月をかけて覚えた、私の超必殺技だ。
「あぁ、私は悲しい。学校の先生に、まさかワイン泥棒がいたなんて」
「いや、だから! ワインなんてしらな―、痛ててっ!」
ちっ、余計なことを喋ってんじゃねーよ。
お前は大人しくワイン泥棒の罪を被っていればいんだ。この変態マッチョが。女子更衣室の体操服を盗もうとも、別に興味はない。大切なのは。
……誰かが、あの赤ワインを盗んだ。
……という、私だけが幸せになれる、嘘まみれの真実なんだからさぁ。
「アーサー会長! 犯人を捕まえました! でも、残念ですね。きっと、あの赤ワインはコイツの腹の中ですよ。もう飲み干してしまったに違いありません。あー、残念だったなー。せっかく犯人を捕まえたのに、ワインが戻ってこなくて残念だなー」
白々しいにも程があるかもしれない。
だが、私は笑顔でアーサー会長とミーシャ先輩を見る。それが真実であると訴えるように。私の尻の下には、苦しみながらもがくタンクトップのマッチョ教師がいた。
「さて、時計塔に戻りましょう! ワインが戻らなかったのは残念ですけど、何か別の贈り物を―」
ワイン泥棒の罪を擦り付けて、早々と立ち上がろうとする。
そんな私に向かって、群がっていた女子の一人が口を開く。
「……あの、ダン先生は犯人ではないと思いますよ」
は?
なんだと? ここにきて、また異議ありか?
「ふ、ふーん。な、なにか、しょ、証拠でもあるの?」
私は嘘がバレる恐怖に、声まで震えてしまっていた。
そして、その女生徒は。
なんでもないことのように、言い放った。
「だって、ダン先生。……男の人にしか興味ありませんもの」
「……は?」
私の頭が真っ白になる。
えっと、つまり。
あれか?
こいつは、この変態マッチョは。
そのガチの変態で。
ノンケでも構わず食っちまう男食家であると?
「……」
私は恐る恐る、自分の尻の下にいるマッチョ教師を見る。
そして、彼は。
「……フッ、こんなところで公言されちゃ、照れるじゃねーか」
頬を赤く染めながら、誇らしく笑っていたのだ。
「あ、あひょーーーっ!」
私は慌てて飛び抜けた。
だって、そうでしょう!? この変態の傍にいたら、私まで食べられちゃうかもしれないんだぞ!? こんなマッチョに無理やり―
「おいおい、ヴィントレス。なんで逃げる? 俺は、お前みたいな美少女には興味ないぞ? 俺が好きなのは、ちょっと人生に疲れた、痩せ型の二十代くらいの男だぜ」
それに無理やりには手を出さない主義なんだ。まぁ、ホイホイついてきちまう奴は別だがな。などと意味不明なことまで言って、きらりと白い歯を見せる。
「でも、どうしてかな? 俺の男色センサーが、お前にも反応しているんだよなぁ。どっからどうみても、お前は女の子なのに」
そう言って、爽やかスマイルで親指を立てるマッチョ。
……あ、やばい。
……こいつ、マジで殺ってしまいたい。
溢れ出る殺意を感じ取られたのか。
性的な嫌悪感が、次第に殺意に変わると同時に。私はミーシャ先輩によって女子更衣室から引きずられていった。
待ってくれ!
せめて、あの男の頭に銃弾をブチ込ませてくれ! この世の平和のためにも、私の貞操のためにも。あいつは駆除しておいた方がいいのに!
ふにゃーーっ! と間抜けな悲鳴が、放課後の学園に響き渡っていた……




