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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 13:~The days of Romanee-Contie(ノイシュタン学院盗難事件。赤ワインは見ていた)~
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#4. Case 2(第二の事件)


 次に向かった現場は、女子更衣室だった。


 体育の授業や、部室のない運動部が使う場所で、女子生徒しか入ることはできない。当然ながらセキュリティも厳しい。更衣室の鍵は常に職員室で保管されているし、誰かが勝手に持ち出すことはできない。


「ふむふむ、なるほど。これは難事件だ」


 入り口付近に自分のヴァイオリンケースを立てかけると、私はずかずかと女子更衣室に入っていく。


 自分のような人間が、女子生徒の更衣室に入ってもいいのかと問われるかもしれないが、それについては問題ない。なにせ、今の私はどこから見ても普通の女の子だ。銀色の髪をなびかせて、短いスカートの制服を揺らす。しかも、ちょっと可愛い。そんな人間が、どうして女子更衣室に入ることに躊躇するものか。


「(……まっ、実際のところ。授業とかでよく使っているしね)」


 私は悪びれることなく、自分の存在を肯定する。


 それよりも、だ。問題なのは、当然についてきたアーサー会長とミーシャ先輩だ。

 ミーシャ先輩は別にいい。学園で一番の美人だと断言してもいい女子生徒だし、何の問題も似ない。


 だが、その隣の男子生徒。アーサー会長まで入ってるのはいかがなものか。ここは女の子の聖域だぞ。男が入っていい場所ではないんだ。それを指摘してやると、この男はあっさりと―


「ははっ、大丈夫だよ。ちゃんと調査の許可を取っているから」


 女子生徒を虜にする鬼畜スマイルで答えやがった。

 しかも、入り口付近で混雑している女子生徒たちからは、非難の声どころか、きゃー、きゃーと黄色い歓声が上がる。なぜイケメンが更衣室に入るだけで、ここまで盛り上がれるのか。……くそ、解せぬ。


「仕方ないわよ。コイツ、馬鹿みたいにモテるから」


 ミーシャ先輩が呆れたように言った。

 アーサー会長の話では、ミーシャ先輩は彼を追って、『NO.ナンバーズ』に入ったのだとか。だとすれば、周囲の女子たちが憧れの視線を向けているのは、彼女にしてみれば気にいらないことだと思っていたけど。


「いいのよ。騒ぐだけの有象無象ならね」


 なるほど。これが正妻の余裕か。

 実際に口には出せないが、アーサー会長がミーシャ先輩のことを気にかけているのは見ていてわかっているし。もはや、先輩以外の女子は、女とすら見ていない可能性だってある。そうでなければ、初対面の時に、私のような美少女を相手にして、縄でイスにぐるぐる巻きにした挙句、にこやかに尋問なんてできるわけもないからな。


 ……やはり、まともな人間は私だけか。心の中でため息をつきたくなる。


「それで? ここでは何がなくなったの?」


「体操服らしいですよ。体育の授業で着替えようと思っていたら、ロッカーに入れておいた体操服が袋ごとなくなっていたとか」


 ミーシャ先輩の問いに答えながら、私は更衣室の外で待っている被害者の女の子を見る。

 彼女も肯定するように、何度も首を縦に振る。


「ふーん。で、その間は鍵が掛けられていたと」


「えぇ。完全な密室での犯行ですね」


 私とミーシャ先輩は、何か変わったところがないか調べていく。


「特に変わったところはないけど。窓も鍵がかかっているし」


 やっぱり、この更衣室も合鍵を持っている人物の犯行か!? 私は、先ほどの失敗を綺麗さっぱりに忘れて、更衣室の扉の鍵の前に立つ。


「この女子更衣室の合鍵を持っている人は?」


 廊下にいる運動部の女子たちに聞くが、彼女たちも顔を見合わせている。

 そのうち、体操服姿の女子生徒が声を上げる。


「たぶん、誰も持っていないと思いますよ。更衣室の鍵ですし、他の部屋よりも厳重に保管されていますし」


「そうですよ。それに女性の先生しか、この鍵を持てない決まりになっています。……あっ」


 でも、待てよ。

 と、ギャラリーの女子が口を挟む。


「一人だけ、自由に鍵を開けられる人がいます」


「へぇ。それは誰?」


 私はにこやかに微笑みながら、心の本音が漏れないように気をつける。……おやおや、新しい犠牲者の発見か?


「えっと、運動部顧問のダン先生です。先生は運動部の使う部室のマスターキーを持ち歩いていますから。もしかしたら、可能じゃないかと」


 あまり自信のなさそうな女子生徒。

 そんな彼女の背後から、背の高い男の教師が近づいてくるのが見えた。彼は手を振りながら、こちらへと顔を向ける。ダン先生だ、と誰かが言った。


「おう、こんなに人が集まって。何かあったのか? はははっ!」 


 その存在感は、他を圧倒するものがあった。

 鍛え抜かれた上腕二頭筋と胸筋。上はランニングシャツだけで、下も短パンのみ。そこから見える両足も、バキバキに鍛えられていた。


 マッチョだ! 筋肉から足が生えた存在がそこに立っていた。


「あぁ、そういえば。女子更衣室で盗難騒ぎがあったんだったな。それで、何か手がかりが見つかったのか?」


 そして、マッチョという奴は。

 そのほとんどが変態だ(偏見)。

 自らを追い込むことで、そのマッチョ体系を維持している。つまり、変態でしかマッチョになれない。ならば、私が変態に手を下しても、さほど問題にならないだろう。もはや率先として駆除してもよいと言っても過言ではない。


「はははっ! お前たちも大変だな。こんな騒ぎにまで顔をだす―」


「お前かぁ! 時計塔のワインを盗んだのはーっ!」


 ドカドカッ、バタンッ!


 一瞬のことだ。

 私は、変態マッチョの背後を取ると、そのまま地面に叩きつけた。そして、隠し持っていたボールペンの先端を眼球へと向ける。


「のわっ! な、なんだ!?」


「おうおう、とぼけるんじゃねーよ。教師ともあろうものが、女子更衣室から体操服を盗むとは。随分と片腹痛い事件じゃねーか?」


 真実は、いつだって単純なのだ。

 この変態マッチョが、マスターキーを使って女子更衣室に侵入。そして、ロッカーから体操服を盗んで、思う存分に堪能したに違いない。あぁ、そうだ。そうに違いない。


「ま、待て。お前は、二年生の、……ナタリア・ヴィントレスだったか。馬鹿なことはよせ!?」


「おっと、先生よぉ。下手に動くんじゃねーぞ? あんたの手首がへし折られるのも、私の気分しだいなんだからさぁ」


 悲しい事件だった。

 だが、この通り犯人は捕まった。


 ……さて。ここからが、私の仕事だ。


「さぁ、大人しく盗んだものを出しな。女子の体操服だけじゃねぇ。もっと、あるだろう? 時計塔から盗み出した『赤ワイン』とかよぉ?」


「わ、ワインだと? 何のことだ?」


「おいおい、惚けちゃいけねーなぁ。お前が盗んだんだろう? マスターキーを持っているくらいなら、あの時計塔にだって入ることができるだろう?」


「ま、待ってくれ。本当に何のことだか、……あれ? な、何で腕が抜けないんだ!?」


 変態マッチョ教師は、私に押し倒されたまま芋虫のようにもがく。

 私みたいに体の小さい人間には、大きな相手を倒すためのテクニックがある。こいつのように体重がある相手には、それを利用して拘束するに限る。手首を捻った状態で、本人を背中から押し倒す。スパイ養成学校で二年の歳月をかけて覚えた、私の超必殺技だ。


「あぁ、私は悲しい。学校の先生に、まさかワイン泥棒がいたなんて」


「いや、だから! ワインなんてしらな―、痛ててっ!」


 ちっ、余計なことを喋ってんじゃねーよ。

 お前は大人しくワイン泥棒の罪を被っていればいんだ。この変態マッチョが。女子更衣室の体操服を盗もうとも、別に興味はない。大切なのは。


 ……誰かが、あの赤ワインを盗んだ。


 ……という、私だけが幸せになれる、嘘まみれの真実なんだからさぁ。


「アーサー会長! 犯人を捕まえました! でも、残念ですね。きっと、あの赤ワインはコイツの腹の中ですよ。もう飲み干してしまったに違いありません。あー、残念だったなー。せっかく犯人を捕まえたのに、ワインが戻ってこなくて残念だなー」


 白々しいにも程があるかもしれない。

 だが、私は笑顔でアーサー会長とミーシャ先輩を見る。それが真実であると訴えるように。私の尻の下には、苦しみながらもがくタンクトップのマッチョ教師がいた。


「さて、時計塔に戻りましょう! ワインが戻らなかったのは残念ですけど、何か別の贈り物を―」


 ワイン泥棒の罪を擦り付けて、早々と立ち上がろうとする。

 そんな私に向かって、群がっていた女子の一人が口を開く。


「……あの、ダン先生は犯人ではないと思いますよ」


 は?

 なんだと? ここにきて、また異議ありか?


「ふ、ふーん。な、なにか、しょ、証拠でもあるの?」


 私は嘘がバレる恐怖に、声まで震えてしまっていた。


 そして、その女生徒は。

 なんでもないことのように、言い放った。


「だって、ダン先生。……男の人にしか興味ありませんもの」


「……は?」


 私の頭が真っ白になる。


 えっと、つまり。

 あれか? 

 こいつは、この変態マッチョは。

 そのガチの変態で。

 ノンケでも構わず食っちまう男食家であると?


「……」


 私は恐る恐る、自分の尻の下にいるマッチョ教師を見る。

 そして、彼は。


「……フッ、こんなところで公言されちゃ、照れるじゃねーか」


 頬を赤く染めながら、誇らしく笑っていたのだ。


「あ、あひょーーーっ!」


 私は慌てて飛び抜けた。

 だって、そうでしょう!? この変態の傍にいたら、私まで食べられちゃうかもしれないんだぞ!? こんなマッチョに無理やり―


「おいおい、ヴィントレス。なんで逃げる? 俺は、お前みたいな美少女には興味ないぞ? 俺が好きなのは、ちょっと人生に疲れた、痩せ型の二十代くらいの男だぜ」


 それに無理やりには手を出さない主義なんだ。まぁ、ホイホイついてきちまう奴は別だがな。などと意味不明なことまで言って、きらりと白い歯を見せる。


「でも、どうしてかな? 俺の男色センサーが、お前にも反応しているんだよなぁ。どっからどうみても、お前は女の子なのに」


 そう言って、爽やかスマイルで親指を立てるマッチョ。


 ……あ、やばい。

 ……こいつ、マジでってしまいたい。


 溢れ出る殺意を感じ取られたのか。

 性的な嫌悪感が、次第に殺意に変わると同時に。私はミーシャ先輩によって女子更衣室から引きずられていった。


 待ってくれ!

 せめて、あの男の頭に銃弾をブチ込ませてくれ! この世の平和のためにも、私の貞操のためにも。あいつは駆除しておいた方がいいのに!


 ふにゃーーっ! と間抜けな悲鳴が、放課後の学園に響き渡っていた……



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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の罪を無理矢理押し付ける奴がまともな人間とはよういえたなあ 余罪がどんどん増えてるよう
[一言] ちょっと人生に疲れた、痩せ型の二十代くらいの男→中の人とシローがターゲットに近いのですね。 中の人の暴走再び、中の人はいつかナタリアさんにビンタされてもおかしくないと思います。
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