#3. Case 1(第一の事件)
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まず、私たちが向かったのは、学園の美術室だった。
放課後は美術部の部員が使っている教室、奇妙な盗難事件が起きているとのことだ。
「えぇ、そうなんです。いつものようにロッカーから絵筆を取り出そうとしたんですが、それがどこにも見当たらないんですよ」
コンクールも近いのに、と美術部の女子が困った顔になる。
ふむふむ、なるほど。
私は顎に手を当てて話を聞く。気分はすでに探偵だった。助手役であるはずのアーサー会長やミーシャ先輩は、あまり気乗りしないらしく、少し離れたところから話を聞いていた。
「それで? あなたが美術室に入る前に、誰かいましたか?」
私が、したり顔で問いかける。
すると、美術部の女子部員は少し考えてから答える。
「あぁ、そういえば。私より先に部長が来ていましたね。この教室の鍵を管理しているのも、部長ですから」
「なるほど、なるほど。それは実に興味深い」
親身になって話を聞いていた私は、その隣にいる美術部の部長を見る。ひょろっと痩せ型の男子生徒だった。
そんな痩せ型の部長の前に立って。
油断を誘うように笑顔を向ける。
「えへへ、あなたが部長さんですか?」
「あ、はい。そうですけど」
怪訝そうに首を傾げる美術部の部長。
そんな彼に、一瞬の間合いを測って。……そいつの襟首を締め上げていた。
「ふぎっ!? な、なにを―」
「おいおい、惚けんなよ。いくら部長でも盗むのは良くないよなぁ。……おらぁ、てめーが盗んだんだろ? さっさと盗んだものを出しなっ」
私のドスの利いた声に、一瞬にして美術部の部長は顔が真っ青になった。
「ちょ、ちょっと、待ってください! なんで僕が―」
「あん? 話を聞いていなかったのか? この部屋はいつも鍵が閉まっている。その鍵は、お前しか持っていない。つまり、お前が犯人だ」
間違いない。
ありとあらゆる可能性を否定されたとき、とても信じられないことだとしても、残された選択肢が真実である。どこかの有名な探偵も言っていた。ならば悲しいことだけど。こいつが犯人で間違いない。だったら手加減もいらない。
「おらおらっ、さっさと盗んだものを出せや! どうせ叶わない恋心が、彼女の所持品に向いちまったとかだろう! この変態野郎が!?」
「ま、待って、くださ、い―」
「言い訳はいらねぇんだよ。どうせお前が持っているんだろう、時計塔から盗んだ『赤ワイン』をよぉ!?」
ぎりぎり、と男子部長の首を締め上げる。
部長の顔色はどんどん悪くなって、今にも泡を吹き出しそうだった。
「わ、ワイン? し、しらない、ぼくは、しらな―」
「おうおう、とぼけるつもりかい? いい度胸だな、部長さんよぉ。こうなったら、直接、体にきいてやろうか?」
そう言って、私は。
スカートの中に隠している『デリンジャー』を引き抜こうとする。こいつを鼻先に突き付けてやれば、大抵の奴が大人しくなる。今まで実践してきた経験がそう教えてくれる。
だが、その直前。
悲しいほどの悲痛な声が響いた。
「待ってください! その人は犯人じゃありません!」
それは絵筆を盗まれたという美術部員の女の子からだった。
は? と呆ける私に、彼女は慌てて男子部長へと駆け寄る。そして、彼を献身的に介抱すると、涙を浮かべた悲しい目を浮かべた。
「この人が盗んだわけがありません。だって、この人は、……私の婚約者なのですから」
「はい?」
ぽかんと、私は口が開きっぱなしになる。
「私たちは幼い時から将来を誓い合った仲なんです。盗まれた絵筆だって、彼が誕生日にプレゼントしてくれたものなんですよ。そんな大切なものを、この人が盗むわけがありませんよ」
そう言って、優しく部長の頭を抱きかかえる。
びくんびくんっ、と痙攣をしながら、口から泡を噴いている美術部の部長。途端にバツが悪くなった私は、とりあえず目の前の現実から目をそらして、吹けもしない口笛を吹く。
そんな私のことを。
アーサー会長とミーシャ先輩は、今までにないほど呆れ腐った目で見ていた。
「……ナタリアちゃん」
「……とりえあず、彼を保健室に連れていこうか」
ぐったりと気を失っている部長を、男子生徒の部員たちが両肩を担いで連れていく。ずるずる、と彼の両足を廊下に擦らせながら。
「あ、あはは」
私は愛想笑いで誤魔化しながら、自分の失態を誤魔化そうとする。
だが、その腹の中は。
まさしく怒りに煮えたぎっていた。
「(……くそっ、あの部長では役者不足だったか! 誰か、誰かいないのか!? 私の代わりに、ワイン泥棒の罪をなすりつけられる人間はよぉ!)」
その瞳は、まさしく。
次の犠牲者を探すハンターに違いなかった……