表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter 13:~The days of Romanee-Contie(ノイシュタン学院盗難事件。赤ワインは見ていた)~
103/205

♯2. Fiction of Romanee-Contie(これはフィクションです。実際の団体や、私が赤ワインを盗もうとしていることなど、一切関係ありません!)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ……問題が起きたのは、その日の放課後であった。


 時計塔の執務室に、『NO.ナンバーズ』のメンバーたちが集まっていた。退屈そうなミーシャ先輩、面倒そうに頭をかくカゲトラ。少しバツが悪そうな黒服のペペと、自分は関係ないですよという表情の黒服のナポリ。


 そして、妙にそわそわしてしまっている、この私だ。


 それらの視線の先にいるのは、いつものように爽やかな笑みを浮かべているアーサー会長だ。きらきらと黒い星を輝かせながら、まったく笑っていない目でメンバーを見渡す。


「さて、どうしたものかな?」


 アーサー会長は執務机から立ち上がり、丁寧な装丁の木箱を開ける。そこには、入っていたはずの赤ワインが。


 ……どこにもなくなっていた。


「最初に言っておくよ。ここに入っていたのは、ちょっとお高めな赤ワイン。未成年である僕たちには、何の価値もない代物なんだけどね。そんなものが、この執務室から盗まれてしまったんだ」


 にこり、と彼は笑う。

 もちろん。その目はまったく笑っていなかった。


「ワインがなくなってしまったことは残念だ。本来であれば、お世話になっている御人に献上する予定だったのだけど。このままでは空手柄の大恥をかいてしまうね」


「……そうは言っても、たかがワインでしょ? 別のものを買えばいいんじゃない?」


 退屈そうなミーシャ先輩が、さも当然というように指摘をする。

 そうだ。

 高級ワインといえど、ちょっとお高めなくらいだ。その辺のデパートでも買いそろえられるはず。そう自分に言い聞かせて、私も強気の姿勢で身構えるとしよう。


「そうだね。普通のワインであれば、それで良かったんだけどね」


 にこり、とアーサー会長が笑顔を浮かべる。

 ……あれ? 

 ……なにか、嫌な予感が?


「ここにあったのは、ロマネ・コンティエと呼ばれる銘柄でね。高級なワインとしても有名なんだ。そう、とても高級だ」


 そして、と彼は満面の笑みで続ける。


「今回、僕が貰ったのは、ロマネ・コンティエの中でも最上級の一品。限られた土地で、厳選された職人によって熟成された、最高級の赤ワインでね。10年に一度、出るか出ないかの最高の一品といってもいい。市場に出回ることは、ます無いだろうね。ワイン愛好家たちからは、喉から手が出るほど欲しいことだろう。……そして、当然。その価格も跳ね上がる」


「価格が跳ね上がるって、いったいどれくらいよ?」


 ミーシャ先輩が問い。

 アーサー会長が答える。


「そうだね、簡単に言えば。……家が一軒くらい買える金額だね」


 ぱさり、とミーシャ先輩の持っていたファッション雑誌が床に落ちた。

 それまで無関心でカゲトラでさえ、驚いたように口を開き。黒服のペペはさらに肩身が狭そうに小さくなっていた。


「(……え? はぁ!? そ、そんな、バカな!?)」


 私は、あまりの衝撃的な事実に。

 がくがくと膝を震わせながら、両手に持ったヴァイオリンケースを握り直す。やばっ、ちょっとトイレに行きたくなってきたかも。


「ちょっ、アーサーっ! あんた、マジで言っているの!?」


「マジで、とは?」


「ワイン一本が、そんな馬鹿みたいな金額になるのかって聞いているの! ありえなくない、たかが酒でしょ!?」


 理解が追い付かない、といように食って掛かるミーシャ先輩に。アーサー会長は穏やかに答える。


「まぁ、僕たち理解できない世界だけどね。でも実際に、高級ワインを狙った犯罪も起きていることだし、それだけ需要があるってことさ」


 そして、スッと彼の眼がナイフのように鋭くなった。


「そもそも、このロマネ・コンティエという銘柄は、その知名度から偽物も多い。近所のBARで並んでいるボトルは、間違いなく偽物だろう。味の違いもわからない人間には、それで十分だけどね」


 さぁぁ、と私の背中が冷たくなっていく。


「(……偽物? 私が同僚と飲んでいたワインが、偽物だったということか!? そして、本物であるあのワインには、それこそ一人の人間の財産にもなる価値があると)」


 あまりの真実に、感情が追い付かない。

 ただ、体だけは正直で。さっきから膝が、がくがくと震えっぱなしだった。


「まぁ、今回の犯人には、それ相応の処罰を下すつもりだ」


 びくっ、と私の肩が揺れる。

 なるべく平静を装っていたけど、どんどん事態が深刻になってきている気がする。


 ……これは、ヤバい。

 ……マジで、ヤバい。


 いっそのこと、犯人は私です。と自白してみるのはどうだろうか。まだ、あのワインを開けているわけじゃないし、今ならきっと許してくれて―


「ちなみに。今更、犯人が自白したところで許すつもりはないよ。まるで、この仲間たちの中に犯人がいるように見せかけている魂胆が、僕は気に入らないんだ」


 アーサー会長は、私たちのことをじっと見つつ、静かに目を閉じた。


「僕は仲間を信じる。君たちは、僕の背中を預けられる数少ない友人だ。君たちを疑うつもりなんて1ミリもない。僕たちは、……仲間なんだから」


 きらり、と白い歯が輝く。

 黒服のペペは感動したように涙ぐんで、ミーシャ先輩は恥ずかしそうに雑誌で顔を隠して、カゲトラは柄にもなく表情を緩める。こうやって、『NO.ナンバーズ』の仲間たちの絆は固く結ばれてきたのだろう。


 そして、私は―


「(……ごめんなさいっ! 本当に、ごめんなさいっ!! 私は、そんなに心が綺麗な人間ではないんです! 目の前の赤ワインを見て、価値も知らず手を出してしまうような、クソみたいに汚れた人間なんですぅ!!!)」


「ん、どうした? ナタリアちゃん。顔色が悪いが?」


 それまで黙っていたサングラスの黒服、ナポリが訝しむようにこちらを見る。


「い、いえ! な、な、なんでもないです! あは、あははっ!」


 やばい、どうしよう。

 もう、『実は自分が隠し持っていました、てへペロ♪』みたいな手は通じないぞ。運が良くても、クジラ漁船に乗せられて極寒の海に蹴り落されるか。最悪の場合、残りの人生をアーサー先輩の下僕として生きていかなくてはいけない。もしかしたら、下着姿にひん剥かれて、この時計塔から吊るされる刑に処されるかも。


 アーサー会長の言葉に、わずかに弛緩した空気の執務室で。

 私だけは、未だかつてないほど頭を捻りだす。


 ……考えろ、ナタリア・ヴィントレス。

 ……何か打開策があるはずだ。この窮地を抜け出す方法が。明日のお天道様を拝むことができる方法が。そして、私だけが幸せになる方法が―


「あー、そういえば」


 唐突に、カゲトラが思い出したかのように言った。


「学園で聞いた話なんだが。最近、生徒たちの私物がなくなる事件が起きているらしいな」


「あっ、それ。私も聞いたことがあるかも。女子のペンケースとか、体操服も盗まれたとか」


 カゲトラの言葉に、ミーシャ先輩が相槌を打つ。

 その瞬間だった。

 ピキーンッ、と私の中で何かが閃いた。


「アーサー会長! それです!」


「ど、どうしたんだい、ナタリアさん?」


 急に詰め寄ってきた私に、アーサー会長は珍しく動揺している。


「学園で起きている盗難事件。もしかしたら、そいつがワインを盗んだ犯人かも!」


「は、はぁ? でも、この時計塔の警備は最新のセキュリティーだし」


「何を言っているんですか!? この学園の女子更衣室だって誰も入れないように、きっちりと鍵で施錠をしているんですよ。ねぇ、ミーシャ先輩!?」


「え? まぁ、そうね」


 私の勢いに押されて、ミーシャ先輩も素直に頷く。


「まずは、その盗難事件を調べましょう! もしかしたら、その犯人がまだ会長のワインを持っているかも!?」


 力説する私。

 もはや力押し。それしか道はないのだから、この際、道理なんてぶっ飛ばして勢いだけで話を進めてやる。そうでないと、……私の命が危ない!


 あまり気の進まないアーサー会長を引っ張って、この執務室から出そうとする。


 だが、そこに邪魔者が出てきた。


「ったく、めんどくせーな。そんなことしなくたって、この部屋を隅々に探せば見つかるんじゃ、……ぐぼへっ!」


 余計なことを言うんじゃねーよ、このバカトラが。


 私の放った鋭い蹴りが、カゲトラの急所に襲い掛かる。そして、股間を押さえたまま丸くなっている不良男子を放置して、私は意気揚々と先頭に立つ。


「さぁ、行きましょう! アーサー会長の大事なワインを見つけるために。もし、盗んだ犯人がいたら、この私がけちょんけちょんにしてやりますから! えいえい、おーっ!」


 私は必死に虚勢を張りながら、右手の拳を突き立てる。

 その手は、汗まみれのうえに。

 虚しいほど震えていた……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今日も会長のてのひらのうえでおどってんね残念姫
[一言] カゲトラ、理不尽なとばっちりで急所にダメージを受ける。 ナタリアさんの残念さ、加速。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ