#17. LOST‐No.(裏切者のロスト・ナンバーズ)
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「おい、こらぁ? ちゃんとティーカップを買ってきたんだろうな?」
「うっさいなぁ。買ってきたって言っているでしょ!? とっくに食器棚にしまってあるっての!」
時計塔の執務室で、私とカゲトラが睨み合っている。
私が割ってしまったのは、超高級のブランド品。ロイヤル・コペンハーゲンのティーカップだ。もちろん、そんな高級品を買う余裕なんてないから、自分なりに良さそうなものを選んできた。今回ばかりは、それなりに本気だった。
「ったく。もし、ワンコインショップの安物だったら、承知しねぇからな」
カゲトラがぶつくさ呟くのを見て、アーサー会長とミーシャ先輩が肩をすくめる。そして、カゲトラが食器棚の扉を開いて、その奥にあるティーカップを見つけた。
「あ? なんだこれ」
「なに? 文句あるの? 言っとくけど、ワンオフ品だから。結構高かったんだからね」
ぷいっ、と私はそっぽを向く。
揺れる銀色の髪を、慣れた仕草でかきわける。
この身体にも慣れてきたもので、どれくらい飲んだらトイレが近くなるのか、だいたいわかってきた。まぁ、そんなことは関係なく。マグカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。そして、むすっとした表情で、誰もいない空間に視線向けた。
カゲトラのほうは、食器棚の前で固まったまま動かない。
そんな彼のことを不思議に思って、アーサー会長とミーシャ先輩が一緒に食器棚を覗き込む。そして―
「おやおや」
「へぇ。良い趣味しているじゃない」
二人は顔を見合わせて。そして、懐かしむように笑った。
そこに鎮座していたのは、一組のティーカップだった。
ひとつは太陽のように無邪気に明るい装飾のカップで、もうひとつは夜天に輝く月が描かれている。それはカップル用のティーカップ。二人の将来を祝福するためのプレゼント用といってもよい。……はぁ、どうして私はこんなものを買ってしまったのか。これでは、二人のことを認めているみたいじゃないか。
私は相も変わらず、不機嫌そうな態度を取っている。
そんな私を見て、アーサー会長が声をかけてきた。その声は。いつになく優しいものだった。
「……そうだね。ナタリアさんにもちゃんと話しておこうか。僕たちのことを。そして、彼らのことを」
「ん?」
私が首だけ振り返って、アーサー会長のほうを見る。
会長は両手を緩やかに組みながら、わずかに微笑んだ。少しだけ懐かしそうに目を細めて。
「僕たち『No.』が、悪魔たちから市民や学生を守るために、国中から集められた手に負えない問題児、だってことは前に話したよね」
「えぇ。確か、そんなこと言ってましたね」
「最初からいる正規メンバーは四人だった。僕とミーシャとカゲトラ。そして、あと一人いたんだよ」
「へぇ」
私は話の先を急かさない。
なんとなく理解してしまっているから。あまり興味がないように振舞って、空になったマグカップを見ている。
「その少年の名前は、ジンタ。ある日、どこからともなく現れて、悪魔と遭遇しているところを僕たちが助けてね。それ以降、一緒に行動することになったんだ」
彼の本名は、ジンノウチ・タクミ。呼びにくいから、『ジンタ』と略してくれと本人が言っていたそうだ。
それから会長は。
彼との話を続けた。その目は、どこか懐かしむようであった。
そして、ある日。
一人の少女と出会ったと、会長は口にした。
「僕たちは、一人の少女と出会った。廃墟となった教会で、ずっと空ばかり見上げている女の子。周辺では、不自然な災害ばかり起こるようになっていたんだ。列車の脱輪事故、街を飲み込むほどの大火事、川の生き物の大量死。その女の子はね、……『悪魔』だったんだ」
私は何も答えない。
空っぽのマグカップを指でなぞる。
少女は悪魔だった。
それも、世界中の憎悪を一身に集めてしまう、『厄災の女王』。彼女を討伐することが、僕たちの仕事だった。と、彼は話す。
「……だけどね。その女の子は、自分が何者かも知らない。普通の可愛らしい少女だったんだ。ぼさぼさの蜂蜜色の髪に、雨ざらしになったボロボロの服。目には感情らしいものはなくて、まるで捨てられた人形のようだった」
どれくらいの間、その廃墟の教会に一人でいたのだろう。朝も夜も、晴れの日も雨の日も。ずっと、ずっと。彼女は一人だった。
一人で、空を見上げていた。
「そんな彼女を見て、僕たちの仲間の一人が言ったんだ。この子を学園に連れて帰ろうってね」
「それが、さっき話に出てきた。ジンタって人?」
私が答えると、アーサー会長は満足そうに頷いた。
「ジンタ君は、その、何というか。……バカ正直な男の子なんだよね。『女の子が困っていたら、手を差し出すべきだ』。そんな当然なことを、当たり前のように言ってしまえるくらいね。僕は、そんな彼のことが少しだけ羨ましかったなぁ」
懐かしそうに、彼が遠くを見た。
「まぁ、結果として。その少女を討伐することはできなくて、この学園に連れてきてしまったんだ。不思議なことに、そのジンタ君と一緒にいるときだけは、彼女の不幸を巻き散らす力が抑えられていたからね」
この時計塔の執務室に連れてきて、女子寮でシャワーを浴びさせて、学校の制服を着てあげて。それから、この部屋で匿っていたけど。目を離すとすぐに、彼のことを追いかけてしまうんだ。ひよこが親鳥を追いかけるようにね。
それからも、いろんなことがあったなぁ。と、アーサー会長は饒舌に語る。
仲間たちで買い物に行ったり、こっそりと学校を案内したり、焼きたてのパンが食べたいからって朝早くからパン屋に並んだり。そうしているうちに、彼女はどんどん人間らしい感情を見せるようになっていった。
よく笑って、よく泣いて、よく怒って。
いつの間にか、僕たちの中心は彼らになっていた。本当に楽しい日々だったよ。
「でも、楽しい日は長くは続かない。ある日、悪魔殺しの追跡者。13人の悪魔を狩る者の中でも、特に話が通じない男が現れてね。彼女を連れ去ろうとした。いや、今ならハッキリとわかるけど。あの追跡者は、彼女を殺そうとしていたんだな」
アーサー会長の目が、わずかに厳しくなる。
「それでも、一度は撃退した。僕たちも大切な仲間を失うことが耐えられなくなっていた。それくらい、彼女との時間は大切なものになっていたんだ。だから、彼は。……ジンタ君は逃げることを決めた。その女の子の手を取ってね」
ふふっ、と彼が笑う。
周囲を見れば、そこにいた全員が。ミーシャ先輩が、カゲトラが。同じように笑っていた。バカなことをしたな、と肩をすくめながら。
「……たった一人の女の子さえ救えなくて、男として生まれた意味はあるのかよ。そんなことを真顔で言ってしまう彼は、本当にヒーローのようだった。そして、誰よりも正しかった。だって彼女は一度として、自分の意志で他人を傷つけようとしたことなんてないんだから」
アーサー会長が窓を開ける。
爽やかな風と共に、新しい空気が入ってくる。
「そんな彼のことを、僕たちは尊敬と小馬鹿にする意味を込めて、こう呼んでいるんだ。……裏切者のLOST‐No.ってね」
「……裏切者、か」
私は少しだけ心がチクりと痛む。
スパイであることを偽って、彼らと行動していることが。どんどん後ろめたくなっていく。
いつか、私も話せる日が来るのだろうか。
自分のことを。
そして、本当のナタリア・ヴィントレスのことを。
「……さぞ、いいものなんでしょうね。仲間っていうのは」
「何を言っているんだい? 君だって、とっくに僕たちの仲間じゃないか?」
私の独り言に。
アーサー会長は、さも当然のように答えた。
驚いて、私は周囲を見る。
ミーシャ先輩も。カゲトラも。反論することもなく、こちらを見ていた。
慌てて、彼らから目をそらす。
……何だか、泣きそうになっていたから。
「ねぇ、その女の子。名前は?」
「うん? 名前かい? 珍しいね、ナタリアさんがそんなことに興味を持つなんて」
おい、人を何だと思っている。
「……彼女の名前は、アンジェラ・ハニーシロップ。蜂蜜色の天使って意味さ。皆で考えて、僕が名前をつけたんだ」
「ふーん」
アンジェラ・ハニーシロップ。
やっぱり、アンジェちゃんはここにいたんだ。
そして、ジンタ君も。
あの二人は元気だろうか。あれから街を歩いていても、彼らを見つけることはできなかった。どこか静かなところで、慎ましく生きているのかも。ジンタ君と二人で。
「(……いや、私は諦めない! いつか絶対に、アンジェちゃんを私のものにしてみせるんだからっ!)」
そのためには、ジンタ君には少しだけ不幸な目にあってもらわないとね。国際便の貨物車両に放り込むとか、クジラ漁船の乗組員として無理やり乗せるとか。どちらにせよ、準備が必要なことは明らかだ。
「まっ、それまでは。あんたに預けておくわよ。たった一人の女の子を救おうとした普通のヒーロー君」
蜂蜜色の少女、アンジェちゃん。
そして、そんな彼女を支えている、普通の男の子。ジンタ君。
また、近いうちに出会える。そんな気がした。それまでは、あの二人に関して詮索は無粋だろう。
私は曇り空を見上げながら、ため息をつく。
そんな私に。珍しくアーサー会長がコーヒーを入れてくれた。
砂糖なし、ミルクたっぷりのカフェラテだ。私はおざなりに礼を言って、自分のマグカップに手を伸ばす。
ほろ苦い、そのカフェラテは。
間違いなく、失恋の味だった。
『Chapter12:END』
~ LOST‐No.(裏切者のロスト・ナンバーズ)~
→ to be next Number!
ここまで読んでいただいて、本当にお疲れさまでした。
いやー、長くなっちゃいましたね。書いているときは、もっと短いものだと思っていたのですけど(笑)
次回は、明るいポップな短編にしようと思っています。
よかったら、みてやってください!