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#17. LOST‐No.(裏切者のロスト・ナンバーズ)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「おい、こらぁ? ちゃんとティーカップを買ってきたんだろうな?」


「うっさいなぁ。買ってきたって言っているでしょ!? とっくに食器棚にしまってあるっての!」


 時計塔の執務室で、私とカゲトラが睨み合っている。

 私が割ってしまったのは、超高級のブランド品。ロイヤル・コペンハーゲンのティーカップだ。もちろん、そんな高級品を買う余裕なんてないから、自分なりに良さそうなものを選んできた。今回ばかりは、それなりに本気だった。


「ったく。もし、ワンコインショップの安物だったら、承知しねぇからな」


 カゲトラがぶつくさ呟くのを見て、アーサー会長とミーシャ先輩が肩をすくめる。そして、カゲトラが食器棚の扉を開いて、その奥にあるティーカップを見つけた。


「あ? なんだこれ」


「なに? 文句あるの? 言っとくけど、ワンオフ品だから。結構高かったんだからね」


 ぷいっ、と私はそっぽを向く。


 揺れる銀色の髪を、慣れた仕草でかきわける。

 この身体にも慣れてきたもので、どれくらい飲んだらトイレが近くなるのか、だいたいわかってきた。まぁ、そんなことは関係なく。マグカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。そして、むすっとした表情で、誰もいない空間に視線向けた。


 カゲトラのほうは、食器棚の前で固まったまま動かない。

 そんな彼のことを不思議に思って、アーサー会長とミーシャ先輩が一緒に食器棚を覗き込む。そして―


「おやおや」


「へぇ。良い趣味しているじゃない」


 二人は顔を見合わせて。そして、懐かしむように笑った。


 そこに鎮座していたのは、一組のティーカップだった。

 ひとつは太陽のように無邪気に明るい装飾のカップで、もうひとつは夜天に輝く月が描かれている。それはカップル用のティーカップ。二人の将来を祝福するためのプレゼント用といってもよい。……はぁ、どうして私はこんなものを買ってしまったのか。これでは、二人のことを認めているみたいじゃないか。


 私は相も変わらず、不機嫌そうな態度を取っている。

 そんな私を見て、アーサー会長が声をかけてきた。その声は。いつになく優しいものだった。


「……そうだね。ナタリアさんにもちゃんと話しておこうか。僕たちのことを。そして、彼らのことを」


「ん?」


 私が首だけ振り返って、アーサー会長のほうを見る。

 会長は両手を緩やかに組みながら、わずかに微笑んだ。少しだけ懐かしそうに目を細めて。


「僕たち『No.ナンバーズ』が、悪魔たちから市民や学生を守るために、国中から集められた手に負えない問題児、だってことは前に話したよね」


「えぇ。確か、そんなこと言ってましたね」


「最初からいる正規メンバーは四人だった。僕とミーシャとカゲトラ。そして、あと一人いたんだよ」


「へぇ」


 私は話の先を急かさない。

 なんとなく理解してしまっているから。あまり興味がないように振舞って、空になったマグカップを見ている。


「その少年の名前は、ジンタ。ある日、どこからともなく現れて、悪魔と遭遇しているところを僕たちが助けてね。それ以降、一緒に行動することになったんだ」


 彼の本名は、ジン・・ノウチ・クミ。呼びにくいから、『ジンタ』と略してくれと本人が言っていたそうだ。


 それから会長は。

 彼との話を続けた。その目は、どこか懐かしむようであった。


 そして、ある日。

 一人の少女と出会ったと、会長は口にした。


「僕たちは、一人の少女と出会った。廃墟となった教会で、ずっと空ばかり見上げている女の子。周辺では、不自然な災害ばかり起こるようになっていたんだ。列車の脱輪事故、街を飲み込むほどの大火事、川の生き物の大量死。その女の子はね、……『悪魔』だったんだ」


 私は何も答えない。

 空っぽのマグカップを指でなぞる。


 少女は悪魔だった。

 それも、世界中の憎悪を一身に集めてしまう、『厄災の女王』。彼女を討伐することが、僕たちの仕事だった。と、彼は話す。


「……だけどね。その女の子は、自分が何者かも知らない。普通の可愛らしい少女だったんだ。ぼさぼさの蜂蜜色の髪に、雨ざらしになったボロボロの服。目には感情らしいものはなくて、まるで捨てられた人形のようだった」


 どれくらいの間、その廃墟の教会に一人でいたのだろう。朝も夜も、晴れの日も雨の日も。ずっと、ずっと。彼女は一人だった。


 一人で、空を見上げていた。


「そんな彼女を見て、僕たちの仲間の一人が言ったんだ。この子を学園に連れて帰ろうってね」


「それが、さっき話に出てきた。ジンタって人?」


 私が答えると、アーサー会長は満足そうに頷いた。


「ジンタ君は、その、何というか。……バカ正直な男の子なんだよね。『女の子が困っていたら、手を差し出すべきだ』。そんな当然なことを、当たり前のように言ってしまえるくらいね。僕は、そんな彼のことが少しだけ羨ましかったなぁ」


 懐かしそうに、彼が遠くを見た。


「まぁ、結果として。その少女を討伐することはできなくて、この学園に連れてきてしまったんだ。不思議なことに、そのジンタ君と一緒にいるときだけは、彼女の不幸を巻き散らす力が抑えられていたからね」


 この時計塔の執務室に連れてきて、女子寮でシャワーを浴びさせて、学校の制服を着てあげて。それから、この部屋で匿っていたけど。目を離すとすぐに、彼のことを追いかけてしまうんだ。ひよこが親鳥を追いかけるようにね。


 それからも、いろんなことがあったなぁ。と、アーサー会長は饒舌に語る。


 仲間たちで買い物に行ったり、こっそりと学校を案内したり、焼きたてのパンが食べたいからって朝早くからパン屋に並んだり。そうしているうちに、彼女はどんどん人間らしい感情を見せるようになっていった。


 よく笑って、よく泣いて、よく怒って。

 いつの間にか、僕たちの中心は彼らになっていた。本当に楽しい日々だったよ。


「でも、楽しい日は長くは続かない。ある日、悪魔殺しの追跡者。13人の悪グリム魔を狩る者・リーパーの中でも、特に話が通じない男が現れてね。彼女を連れ去ろうとした。いや、今ならハッキリとわかるけど。あの追跡者は、彼女を殺そうとしていたんだな」


 アーサー会長の目が、わずかに厳しくなる。


「それでも、一度は撃退した。僕たちも大切な仲間を失うことが耐えられなくなっていた。それくらい、彼女との時間は大切なものになっていたんだ。だから、彼は。……ジンタ君は逃げることを決めた。その女の子の手を取ってね」


 ふふっ、と彼が笑う。

 周囲を見れば、そこにいた全員が。ミーシャ先輩が、カゲトラが。同じように笑っていた。バカなことをしたな、と肩をすくめながら。


「……たった一人の女の子さえ救えなくて、男として生まれた意味はあるのかよ。そんなことを真顔で言ってしまう彼は、本当にヒーローのようだった。そして、誰よりも正しかった。だって彼女は一度として、自分の意志で他人を傷つけようとしたことなんてないんだから」


 アーサー会長が窓を開ける。

 爽やかな風と共に、新しい空気が入ってくる。


「そんなヒーローのことを、僕たちは尊敬と小馬鹿にする意味を込めて、こう呼んでいるんだ。……裏切者のLOSTロストNo.ナンバーズってね」


「……裏切者、か」


 私は少しだけ心がチクりと痛む。

 スパイであることを偽って、彼らと行動していることが。どんどん後ろめたくなっていく。


 いつか、私も話せる日が来るのだろうか。

 自分のことを。

 そして、本当のナタリア・ヴィントレスのことを。


「……さぞ、いいものなんでしょうね。仲間っていうのは」


「何を言っているんだい? 君だって、とっくに僕たちの仲間じゃないか?」


 私の独り言に。

 アーサー会長は、さも当然のように答えた。


 驚いて、私は周囲を見る。

 ミーシャ先輩も。カゲトラも。反論することもなく、こちらを見ていた。

 慌てて、彼らから目をそらす。


 ……何だか、泣きそうになっていたから。


「ねぇ、その女の子。名前は?」


「うん? 名前かい? 珍しいね、ナタリアさんがそんなことに興味を持つなんて」


 おい、人を何だと思っている。


「……彼女の名前は、アンジェラ・ハニーシロップ。蜂蜜色の天使って意味さ。皆で考えて、僕が名前をつけたんだ」


「ふーん」

 

 アンジェラ・ハニーシロップ。

 やっぱり、アンジェちゃんはここにいたんだ。


 そして、ジンタ君も。

 あの二人は元気だろうか。あれから街を歩いていても、彼らを見つけることはできなかった。どこか静かなところで、慎ましく生きているのかも。ジンタ君と二人で。


「(……いや、私は諦めない! いつか絶対に、アンジェちゃんを私のものにしてみせるんだからっ!)」


 そのためには、ジンタ君には少しだけ不幸な目にあってもらわないとね。国際便の貨物車両に放り込むとか、クジラ漁船の乗組員として無理やり乗せるとか。どちらにせよ、準備が必要なことは明らかだ。


「まっ、それまでは。あんたに預けておくわよ。たった一人の女の子を救おうとした普通のヒーロー君」


 蜂蜜色の少女、アンジェちゃん。

 そして、そんな彼女を支えている、普通の男の子。ジンタ君。

 また、近いうちに出会える。そんな気がした。それまでは、あの二人に関して詮索は無粋だろう。


 私は曇り空を見上げながら、ため息をつく。

 そんな私に。珍しくアーサー会長がコーヒーを入れてくれた。

 砂糖なし、ミルクたっぷりのカフェラテだ。私はおざなりに礼を言って、自分のマグカップに手を伸ばす。


 ほろ苦い、そのカフェラテは。

 間違いなく、失恋の味だった。



『Chapter12:END』

 ~ LOST‐No.(裏切者のロスト・ナンバーズ)~ 


 → to be next Number!




ここまで読んでいただいて、本当にお疲れさまでした。

いやー、長くなっちゃいましたね。書いているときは、もっと短いものだと思っていたのですけど(笑)

次回は、明るいポップな短編にしようと思っています。

よかったら、みてやってください!

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトル回収話 ペアカップは無事に購入、二人の離脱は好意的な裏切りだと判明。 アンジェさんを狙ったのはあの13人のうちの話が通じない1人の男。 シローだとすると娘と喧嘩している理由に…
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