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#16. Memory(たまには、古いアルバムでも)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ……古いアルバムを開くように、過去の風景が流れ込んでいく。一年前。見たこともない誰かに呼び出されて。彼女は、その場所に立っていた。


 彼女は生まれた時から、独りだった。


 そして、特別だった。


 仲間もおらず、家族もいない。ただ、独りで。廃墟となった教会で夜空を見上げていた。


 彼女には生きる理由がなかった。

 彼女には存在する必要性がなかった。


 その場にいるだけで、世界を混沌へと陥れる。偉大なる悪魔の王族。災厄の女王。人類の敵。神々を殺すもの。


 そして、この世の666体の悪魔を統べるものにして。5人の悪魔卿ロードを従えている。ただひとりの女王。


 故に、彼女は孤独だった。


 仲間もおらず、家族もいない。朽ちた教会で、夜空を見上げている時間だけが、彼女のすべてだった。


 寂しくはなかった。辛くはなかった。自分に近づこうとする人間が、次々と不幸になっていくことに。彼女は何も感じていなかった。


 そんな彼女に、手を差し出したのは。

 世界を救う勇者でもなく、国を従える王族でもなく、神から遣わされた天使でもなく。


 ……どこにでもいる、普通の少年だった。



 彼女は、少年の手を取った。

 無邪気に笑う少年に、心の奥底が騒がしくなるのを感じた。これまで感じたことのない感情の波に、戸惑いながらも、次第に受け入れてしまった。


 彼女が自分の心を知った、その瞬間だった。


 彼と過ごす日々は『特別』になった。この世界は、彼女が知らないことであふれていた。


 流れる水が、心地よいことを初めて知った。焼きたてのパンが、とてもおいしいことを初めて知った。ティーカップの紅茶が、こんなにも良い香りをすることを初めて知った。何より。誰かと過ごす時間が、こんなにも楽しいことを。彼女は初めて知った。心が温かくなる、という言葉を初めて理解した。


 名前のない彼女に、友達ができた。


 時計塔のアーサー。

 ミーシャ・コルレオーネ。

 カゲトラ・ウォーナックル。


 災厄の女王にして、世界を不幸に陥れる存在。そんな彼女のことを、仲間と呼んでくれる人たちが集まってきた。一緒にいるだけで、周囲の人間を不幸にしてしまう、その根源に通じる性質。だが、不思議なことに、少年と一緒にいるときだけ、不幸なことは一度も起きなかった。彼と一緒にいるときだけ、彼女は心から笑うことができた。


 そんな仲間たちが、彼女に名前がつけてくれた。


 アンジェラ・ハニーシロップ。

 蜂蜜色の天使、という名前に。彼女は照れるように笑った。大切な友達と、素敵な仲間たち。彼らに囲まれて過ごす日々は、これまでの孤独からはかんがえられないほど、幸せなものだった。



 ……だが、幸せな時間は長くは続かなかった。



 彼女の力を狙う、悪魔たちの襲撃。

 そして、悪魔狩りによる執拗な追跡。


 悪魔の女王である彼女は、こともあろうに。自分を大切にしてくれた人たちのために、その命を燃やそうとした。自分を大切にしてくれた人たちを、自分が大好きな人たちを。これ以上、傷つけさせるわけにはいかないと願って。


 彼女は、自分の宿命と。生きている意味すら放棄して、仲間を守ろうとした。


 そして、夜が明けて。

 アンジェは、無邪気に笑うジンタの手を取った。

 夜明けとともに、仲間たちから離れていった。学園の時計塔。執務室にあるソファー。背の低い食器棚の一番奥には、二人のティーカップがある。


 いつか、この素敵な思い出がある場所に戻ってこよう。そう願って。



 このアルバムは、ここで止まっている。

 その先は―



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど天使女王にそんな経緯が
[気になる点] 彼女には存在するがなかった→何か単語が抜けているのですかね。 [一言] 祝100話到達、おめでとうございます。 アンジェさん、そんな立場だったのか。そして塔からの逃亡の二人の理由…
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