#3. School Life(ぼっち少女)
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ノイシュタン学院は。
この首都、ノイシュタン=ベルグにある普通の高等学校だった。
戦時中は武器製造工場として使われていた土地を、国が買い取って郊外の高校を新しく立て直した。以来、この街の多くの学生が、この学院に通っている。普通科の他には、進学科と芸術科がある。
制服は、紺色プリーツスカートに、白のワイシャツ。
学年ごとに色が違うリボンは、装飾にしては大きく、この制服の可愛らしさを演出していた。
資料の校則によれば、スカートの丈は膝を隠す程度とされているが、守っている女子は半分くらい。
上着も、ちゃんと制服のブレザーを着るものもいれば、可愛らしく好きな色のカーディガンを選ぶ子も多い。こんなところからも、おおらかな校風であることが察することができる。ちなみに、男子生徒はブレザーの制服だ。
「(……あー、やっぱり慣れるまでは時間がかかりそう)」
私は、乾いた愛想笑いを浮かべながら、もじもじと膝を擦り合わせる。
というのも、教室に入った時から、ずっと質問責めに合っていた。お怪我は大丈夫ですか? 大変でしたわね、なんでも事故に巻き込まれたとか? なにかあったら、お声をかけてください。
登校初日。
私の心は、早くも砕けそうになっていた。
事故で入院していたのだから、多少の注目を浴びることは覚悟していたが。周囲の反応は予想以上のものだった。
慣れない制服に戸惑いながら、登校して教室に入ると、あっという間に大勢の人間が押し寄せてきた。大丈夫? 怪我はもういいの? そんな労わるような声が、男子からも女子からも浴びせられて、どう対応していいのかわからなくなる。
……喫茶店の火災事故に遭遇して、入院していた。
公式にはそのように発表されているようだ。
上司の主任『S』からも報道管制が敷かれていると、こっそり教えてくれた。同日、事故について警察官の事情聴取をされたが、爆発のようなものが起きて、気がついたら病院のベッドにいた、とシラを切ることにした。
彼らからしてみれば、何か特別なもの。……それこそ『悪魔』のようなものを見なかったか、と問いたかったようだけど。「気絶していた何も覚えていない」としか答えなかった。
警察関係者も、状況を把握できていないのか?
それとも、全てを知ったうえで真実を隠そうとしているのか?
いろんなことを考えながら過ごした入院生活だったけど。考えるべきことは、もっと他にあったのだと、今更になって実感する。
あまり大勢で押し寄せては、怪我に障りますよ。クラスの誰かが言ってくれた言葉で、ようやく私は自分の席に座れるくらいであった。
……ナタリア・ヴィントレス。
それが今の、私の名前だ。
このノイシュタン学院の生徒で、普通科の二年生。珍しい銀髪と、整った容姿が目を引くが、それ以外はいたって平凡な人間だったようだ。
成績は真ん中くらい。
クラスで浮くほどではないが、特別に親しかった友人もいなかったようだ。上司から渡された書類には、彼女に関する交友関係まで記載されていた。その内容がとても簡潔で、そのほとんどが空欄であったことを、とても鮮明に覚えている。
「(……あまり教室にいても、誰かに声をかけられちゃうかな)」
お昼休みになって、もう半分くらい経過していた。
お弁当を広げているクラスの生徒たちが、ちらちらとこちらを見ている。何となく話すきっかけを探っているようにも見えるけど、彼らと打ち解けるのは、もう少し後になりそうだ。
「(……売店で、パンでも買ってこよう)」
私は席を立ち、真新しいスクールバックから財布を取り出す。
本来の私物のほとんどは処分されて、東側陣営のスパイの補助組織によって、学生として生活するのに相応しいものを用意されていた。このスクールバックもそうだ。制服から運動用のジャージ、さらには靴下に至るまで、本来の自分に繋がるものは何もない。
ただ、いくつか手慣れたものを使いたい、という理由で残してもらったものがある。それが、この革製の財布と。
……スクールバックの奥底に隠されている、小型拳銃の『デリンジャー』だ。
自分がスパイ養成所を卒業したときに貰ったもので、任務の時には必ず持っていくようにしている。実際、この銃のおかげて命拾いしたこともある。
「新しい学園生活といっても、ボッチ飯は変わらないのか」
とほほ、と涙ぐみながら教室を出ようとする。
このナタリア・ヴィントレスという少女は、特に親しい友達はおらず、いつも昼食は一人で食べていたとか。事故の退院後、急に他のクラスメイトと仲良くなったら、不自然にもほどがある。
スパイは、目立ってはいけない。周囲に違和感すら与えないのが、プロの仕事というもの。
というわけで、私は肩を落としながら教室の扉を開ける。……あぁ、どこで食べようか。せめて落ち着ける場所をー
その時だった。
廊下にいた少女とぶつかりそうになって、慌てて避ける。
「わっ、ごめんなさい!」
「っと!?」
ぼた、ぼた、ぼた、と少女が抱えていたパンが廊下に落ちる。
私は慌てて、落ちたチョコロールサンドを拾い上げて、その少女へと手渡す。
……長い黒髪の少女だった。
珍しいな。このオルランド共和国では、黒髪の人間は少数派だと認識している。中には、髪を染めてまで隠す人間がいるほどに。だが、そんなことさえ気にならないほどの衝撃があった。
瞳だ。
鋭くて、迷いのない瞳は、凛とした強さを醸し出していた。
「まったく。廊下に出るときは気をつけなさいよ」
「ほ、本当に、ごめんさない」
私は最後の一個を拾い上げると、彼女へと差し出す。
だが、その少女は。
じっと私のことを見つめながら、動こうとはしなかった。
私の手に持った財布。その指先。着慣れていない制服。そして動揺を隠せない心の揺れ。
なんだろう。そういったものまで見透かされている気分になって、どうにも落ち着かない。
「な、なんですか?」
「……いや、別に」
黒髪の少女は、私からひったくるように落ちたパンを受け取ると、その場から去っていった。
「……気のせいだったかな。『悪魔』の気配がしたはずなんだけど」
そんな独り言が聞こえて、私は慌てて彼女の背中を見る。
前言撤回。どうやら、この学園であったとしても、油断はできないみたいだー