表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/205

♯1. JAZZ & Silver GIRL(ジャズと銀髪少女)

   挿絵(By みてみん)



 どこからか、JAZZの演奏が聞こえる。


 狂ったようにスイングされた旋律なのに、実は規則を守るように正しいリズムを刻んでいる。


 そう、まるで。

 ちょっと狂いながらも回り続ける。この街のように。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



 目を閉じると、アルトサックスの心地良い演奏が聞こえてきた。


 深夜。

 男たちが酒を飲み、裏路地では酔いつぶれている。彼らが救いを求めるように地面に頭を擦りつけているのは、ある意味では幸せな時間だろう。様子を見に来た仲間たちが、酔いつぶれた男を両脇から抱え上げて、そのままタクシーに押し込めていく。


 渋滞で有名な首都、ノイシュタン=ベルグだ。

 彼が家に着くまでに、どれくらいの時間がかかるのだろうか。ちょっとだけ興味がわく。


「そろそろ、かな?」


 今は何時くらいだろうか。

 私は、ヴァイオリンケースを両手に持ち換えながら、お店の窓ガラスに映った自分の姿を見る。


 ……そこにいたのは、一人の可憐な少女だった。


 透き通るような銀色の髪と、どこか幼さが残る少女。

 学校の制服では目立つということで、先輩に選んでもらったパーティドレスを着ている。落ち着いた雰囲気のダークブルーのワンピースだ。

 白くて長い手袋に、ドレスの裾のフリルから小さな膝が見える。そんなお淑やかな正装が、少女の可憐さを更に演出していた。


 よく似合っているよ。と先輩は褒めてくれたけど、正直なところ私にはよくわからない。素肌が見えている肩が冷えないようにと、モコモコの肩掛けもかけてくれたけど。これが大正解だった。この街の夜は、よく冷える。


「はぁ~、さぶっ!」


 私は白いロンググローブをつけた腕を擦りながら、酒場の裏口で呼ばれるのを待つ。


 一週間前のことだ。

 この店で、深夜に未成年の学生を雇って、秘密の演奏会を行っているという噂があった。そこに呼ばれているのは、どれも美少女と言わんばかりの女生徒たちばかりだったそうだ。


 そして、おかしなことに。

 彼女たちの全員が。……その夜のことを、まったく覚えていなかったのだ。


 謎の演奏会が行われて、その時の記憶を消されている。

 そんなことが起きているもんだから、私みたいな普通の人間にまで、こうやって出番が回ってくるんだ。……おかしいな。今も、昔も。それほど仕事熱心だった記憶はないんだけどなぁ。


「どうぞ、お入りください」


「あ、はい!」


 突然、酒場の裏口が開いて、店の中へと案内される。 

 身なりにきっちりとした紳士だった。バーデンダーの恰好をした、優しそうな初老の男性だ。


 私は、ヴァイオリンケースを両手に抱きしめながら、案内されるまま店内に入っていく。


 店内は、洒落た雰囲気だった。

 間接照明の薄暗い店内に、優しいピアノの曲が流れている。テーブルのある観客席は、ほとんど見えないくらい薄暗く。その逆に、裏口から案内されたステージには、眩しいくらいのスポットライトが当たっていた。


 観客側には、多数の男たちがいるのがわかった。

 だが、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべているのが気になる。女子学生に演奏させるだけの健全な店では、決してないだろう。


「……あの、どこで演奏をすればいいんですか?」


 私はドレスの裾を揺らしながら、不安そうに辺りを見渡す。


 すると、バーテンダーの紳士がステージの中心へと指さす。軽く背中を押して、戸惑っている私を誘導していく。そして、スポットライトの真ん中に立たされると、そのまま放置された。


 ここで演奏すればいいのかな? 

 私は首を傾げながらも、ヴァイオリンケースの蓋に手をかけようとする。


 すると、バーテンダーの紳士が声をかけてきた。


「あ、お嬢さん。ちょっとだけいいかな?」


「はい?」


 私は、ケースの蓋に手をかけたまま、振り返る。

 にこやかな優しそうな笑顔を向けたまま、彼は穏やかに口を開く。


「この店のバイトのことは知っているよね? 深夜に学生を雇うのは、労働基準法で禁止されているんだ。だから、ここでのことは内緒にしてもらいたい。いいね?」


「えぇ、わかっています。紹介してくれた学校の先輩も、同じようなことを言っていましたから」


 私は警戒することなく、笑顔で答える。

 深夜に未成年を雇って働かせるくらいは、正しく健全な違法労働(・・・・・・・・・・)だ。それくらいで目くじらを立てるほど、この街は道徳に包まれていない。


 実際、こっそりと女子学生だけに紹介されているこのバイトは、法外と言っていいほど高額なバイト代が出されていた。


「そうかい。それなら、安心だよ」


 そして、バーテンダーの紳士は微笑みながら言った。


「じゃあ、さっそく服を脱いで」


「あ、はい。……はいぃ!?」


 私は笑顔が凍りつくのを感じながら、悲鳴に近い声を上げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ