♯1. JAZZ & Silver GIRL(ジャズと銀髪少女)
どこからか、JAZZの演奏が聞こえる。
狂ったようにスイングされた旋律なのに、実は規則を守るように正しいリズムを刻んでいる。
そう、まるで。
ちょっと狂いながらも回り続ける。この街のように。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
目を閉じると、アルトサックスの心地良い演奏が聞こえてきた。
深夜。
男たちが酒を飲み、裏路地では酔いつぶれている。彼らが救いを求めるように地面に頭を擦りつけているのは、ある意味では幸せな時間だろう。様子を見に来た仲間たちが、酔いつぶれた男を両脇から抱え上げて、そのままタクシーに押し込めていく。
渋滞で有名な首都、ノイシュタン=ベルグだ。
彼が家に着くまでに、どれくらいの時間がかかるのだろうか。ちょっとだけ興味がわく。
「そろそろ、かな?」
今は何時くらいだろうか。
私は、ヴァイオリンケースを両手に持ち換えながら、お店の窓ガラスに映った自分の姿を見る。
……そこにいたのは、一人の可憐な少女だった。
透き通るような銀色の髪と、どこか幼さが残る少女。
学校の制服では目立つということで、先輩に選んでもらったパーティドレスを着ている。落ち着いた雰囲気のダークブルーのワンピースだ。
白くて長い手袋に、ドレスの裾のフリルから小さな膝が見える。そんなお淑やかな正装が、少女の可憐さを更に演出していた。
よく似合っているよ。と先輩は褒めてくれたけど、正直なところ私にはよくわからない。素肌が見えている肩が冷えないようにと、モコモコの肩掛けもかけてくれたけど。これが大正解だった。この街の夜は、よく冷える。
「はぁ~、さぶっ!」
私は白いロンググローブをつけた腕を擦りながら、酒場の裏口で呼ばれるのを待つ。
一週間前のことだ。
この店で、深夜に未成年の学生を雇って、秘密の演奏会を行っているという噂があった。そこに呼ばれているのは、どれも美少女と言わんばかりの女生徒たちばかりだったそうだ。
そして、おかしなことに。
彼女たちの全員が。……その夜のことを、まったく覚えていなかったのだ。
謎の演奏会が行われて、その時の記憶を消されている。
そんなことが起きているもんだから、私みたいな普通の人間にまで、こうやって出番が回ってくるんだ。……おかしいな。今も、昔も。それほど仕事熱心だった記憶はないんだけどなぁ。
「どうぞ、お入りください」
「あ、はい!」
突然、酒場の裏口が開いて、店の中へと案内される。
身なりにきっちりとした紳士だった。バーデンダーの恰好をした、優しそうな初老の男性だ。
私は、ヴァイオリンケースを両手に抱きしめながら、案内されるまま店内に入っていく。
店内は、洒落た雰囲気だった。
間接照明の薄暗い店内に、優しいピアノの曲が流れている。テーブルのある観客席は、ほとんど見えないくらい薄暗く。その逆に、裏口から案内されたステージには、眩しいくらいのスポットライトが当たっていた。
観客側には、多数の男たちがいるのがわかった。
だが、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべているのが気になる。女子学生に演奏させるだけの健全な店では、決してないだろう。
「……あの、どこで演奏をすればいいんですか?」
私はドレスの裾を揺らしながら、不安そうに辺りを見渡す。
すると、バーテンダーの紳士がステージの中心へと指さす。軽く背中を押して、戸惑っている私を誘導していく。そして、スポットライトの真ん中に立たされると、そのまま放置された。
ここで演奏すればいいのかな?
私は首を傾げながらも、ヴァイオリンケースの蓋に手をかけようとする。
すると、バーテンダーの紳士が声をかけてきた。
「あ、お嬢さん。ちょっとだけいいかな?」
「はい?」
私は、ケースの蓋に手をかけたまま、振り返る。
にこやかな優しそうな笑顔を向けたまま、彼は穏やかに口を開く。
「この店のバイトのことは知っているよね? 深夜に学生を雇うのは、労働基準法で禁止されているんだ。だから、ここでのことは内緒にしてもらいたい。いいね?」
「えぇ、わかっています。紹介してくれた学校の先輩も、同じようなことを言っていましたから」
私は警戒することなく、笑顔で答える。
深夜に未成年を雇って働かせるくらいは、正しく健全な違法労働だ。それくらいで目くじらを立てるほど、この街は道徳に包まれていない。
実際、こっそりと女子学生だけに紹介されているこのバイトは、法外と言っていいほど高額なバイト代が出されていた。
「そうかい。それなら、安心だよ」
そして、バーテンダーの紳士は微笑みながら言った。
「じゃあ、さっそく服を脱いで」
「あ、はい。……はいぃ!?」
私は笑顔が凍りつくのを感じながら、悲鳴に近い声を上げていた。