たねとねた
タネがない、誰でもいいから、タネをくれ。
そんな事を思いながら私はだらりとテーブルに突っ伏す。
話のタネがない。しかしそれも使用がないというもの。毎日毎日ラウンジに来て住民と雑談を交わす。そんなことを続ければ雑談のタネも尽きるというものだ。まあそのおかげでこのラウンジ中に雑談の花が咲いている訳であるが……うん、今のは無いな。意味がわからん。
兎に角、話のタネだ。この際何でも良いどこかに転がってないか……
周りに迷惑をかけないようにテーブルに突っ伏したままの体勢で周囲を見回す。
見えるのはいつもと変わらない光景。だめだここはタネ探しには適さない。
ここは覚悟を決めて外に出るしかないのか。――よし!
そう覚悟を決めてソファから立ち上がると、視点が変わったせいか先程は見えなかった異常に気が付いた。
「清掃員がいる」
「ブリリアント無留間」のラウンジは原則住民しか使用できない。しかし、なにもラウンジにいるのが住民だけか、と言われたらそうではない。私がいつも飲んでいる紅茶などの飲食物の提供や片付けを行う従業員もいる。ではなぜ清掃員がいることが異常であるのか。答えは簡単ラウンジ内の掃除は清掃員ではなくラウンジの従業員が行うからである。
いてはいけない者がいる。それだけでも話のタネになるのだが、私はしばらくその清掃員を観察することにした。
清掃員の体形は中肉中背といったところで、性別は男。年齢は顔つきから恐らく20代前半。服装も変わったことはないただの作業着。行動もちゃんと掃除をしているように見える。うん、ただの清掃員のように見える。
ただ、掃除姿にどうにも違和感を覚える。
違和感と言うのは一度感じてしまえば気になるものだ。掃除を行っている場所以外におかしなところは……
……あった。何故かは分からないがやたらと周囲に目を配っている。と、言うよりは周囲を観察している。そういう感じだ。 あ、目が合った。そして、慌てて目をそらし何事もないようにモップ掛けをし始める。うん、おかしい。
ならば突撃だ。
「こんにちは」
清掃員の後ろから声をかけるが反応がない。少し音量を上げよう。
「こんにちは」
反応しない。これは無視しているな。ならば無視できなくしよう。
「こんにちは。清掃員さん」
清掃員の前に周り目を見て挨拶する。これで無視はできまい。
「ここここんにちわわ、なななななんでしょふ」
慌てすぎて嚙みまくっている。――ふむ、これはこれで面白いが
「いや、ちょっと気になった事があってね、君は清掃員のようだが、なんでここにいる。」
「あああれ、ここここって掃除しちゃいけないばばば場所でしたっけ?」
――この感じ、間違いなく嘘をついている。ああ!面白い!!思わず笑みがこぼれ出てしまう。
「ひっ」
「どうしたんだい、そんなに怖がって。何も怖いことなどないだろう?私はただ聞いているだけだよ。ここで何をしているのか?ってね」
「すっすみませんでしたあああ」
清掃員は突如反転、逃げようとする。そうはいかない、私は清掃員の襟をがっしりと掴んだ。
「ぐえっ」
「待ちたまえよ。何も取って喰おうってわけじゃないんだから」
「じゃ、じゃあ何で?」
「さっきから言ってるじゃないか、君が何をしているか気になっただけだ」
「だから掃除――」
「ここは清掃員の掃除場所ではないだろう?」
「う……」
「それに君は掃除をしていない。掃除をしている振りをしているだけで、周りを凝視していたね」
「うう……」
「さっきから言ってるように私は君が何をしていたか気になっただけだ。それがわかれば直ぐに解放するし、今後邪魔をしないことを約束しよう」
まあ、その内容が私に危害が及ぶ虞があればその限りではないがね。
清掃員は言い難そうに小さく口を開く
「そんな大したことじゃありませんよ……ネタを探してただけっす」
「ネタ?」
「そうっす」
「何の?」
「お、俺って実はお笑い芸人してて、と言ってもまだペーペーのド新人っすよ。それでお笑いのネタ探しにここが良さそうって聞いて」
「黙って忍び込んだのかい」
「そ、そんなわけないじゃないですか。こないだ偶然居酒屋でラフタルさんとあって、話している内に意気投合して、したらここの清掃員のバイトしてみないかって」
――あの男、居酒屋になんて行くのか……しかも意気投合って一体何の話をしたらそうなる。知りたくもないが。
「ネタ探しねえ……」
ニヤリと私の口角が上がる。どうやら私と同じ穴のムジナのようだ。しかし
「私見なんだがね、私はそのネタ探し、という言葉に違和感を覚えるんだ」
「は?」
どうやら清掃員君は突然の話の変遷に付いてこれていないようだ。
「いや、君は今ネタ探しをしているって言ったじゃないか。私的にその言葉にがどうにも引っかかってね」
「そりゃあ、掃除してなきゃいけないのに、それをほっぽり出してネタ探ししてるなんて聞いたらそう思いますよ」
「そうじゃないんだ。」
「じゃあ何が」
「君は何故、ネタ探しなんてしてるんだい」
「そりゃあお客さんを笑わせるためにはいいネタが必要でしょ。」
「そこだよ!君はいいネタっていうものがそこらへんに落ちていると思っているのかい?」
「そりゃあ落ちてないと思ったらこんなとこに来てませんよ」
ふむ、気付かないか、簡単な事だと思うのだが
「それじゃあ少したとえ話をしよう。寿司屋は市場でネタを仕入れた後、店に返ってから何をする?」
「そりゃあネタを……!」
「そう、ネタを仕込むんだ。決してそのまま使ったりはしない。そんなことしたら誰も店に来なくなるからね」
「つまり、お姉さんが言いたいのはネタ探しなんかしてる暇があれあるのなら、今あるネタをちゃんと仕込めと」
「もちろん良いネタ……これじゃあ話が混乱するな――こうしよう。いいネタのタネ、これがあるに越したことはない。だがいいタネなんて早々に見つかる者じゃない。それは君が一番わかっていると思う」
「そうですね。見つからないからこうやって苦労してるんです」
「そうだろう、だから良いタネを探すんじゃなくて、普通のタネを良いネタにした方が良いんじゃないかと思うんだ。こんなところでバイトするくらいの時間はあるんだろう、だったらなおのことだよ。」
「確かに、なんか目が覚めました。ありがとうございます」
まあ、時間をかければ良いネタが出来るってわけでもないんだけどね。それにネタは時間をかけ過ぎれば腐って食べられなくなる。
「それじゃあ私は失礼するとしよう」
「お姉さん!ありがとうございました!!」
清掃員君は立ち去る私に深々と礼をする。
あれ?これってなんか不味くないか?ちゃんと雑談してたか?そもそも今のは雑談なのか?なんかいいアドバイスをしてしまったような気が……まあ彼は「ブリリアント無留間」の住人でもないし、忘れよう。今あったことは忘れてしまおう。
――諸君もそのつもりで!!