じゅじゅつ うしろ
「で、質問と言うのは?呪いに関することで良いんだね」
「はい、実は僕の妹が最近になって急にオカルト関係、特に呪術に興味を持ち出しまして。部屋の中はその手の関連物だらけ、その上部屋の中で変な儀式をしたり、最近じゃあ家族にもその儀式を強要するように……」
そう言って蔵山君はハァと深い溜息を落とす。これは相当参っているな、だが。
「蔵山君質問が妹さんのオカルト趣味を止めさせる方法、と言うのであれば答えられないぞ。私は妹さんの事は何も知らないからね」
「それは分かっています。でも、本当に困っていて、八方塞がりなんです。お願いです先生!オカルトでも呪術でも魔法でも何でも良いです意見を下さい!!」
完全に溺れてるじゃないか。しかし、呪術ねぇ……誰かに呪いでもかけてるのか?いや、そうとは限らないか。呪術と言っても幅は広いし……
「まあいい、蔵山君。君は呪術や魔法、オカルトについて信じてはいるかい?」
「いいえ、何百年も前ならいざ知らず、科学の発展したこの時代、信じてる人の方が少ないでしょう。」
「まあそうだな。では、心や精神の存在の有無についてはどうだい?」
「質問の意図が分かりませんが」
「まあいいから答えてくれたまえ」
「あるに決まっているじゃないですか」
「そう答えると思っていたよ。だけどおかしくないかい?物質としての実体がないという意味では心も呪いも対して違いはないじゃないか」
「それはそうですが……確かに心というのは実体がない。だけど私は心を感情の動きや思考と言った形で感じ取ることが出来ます。それは今この時にも感じる事ができる。つまり存在するということです。だけど呪いはその存在を感じることは出来ない、せいぜい言葉として存在しているというだけです」
感じる、ね――じゃあその心に感じてもらおう。
「では蔵山君、私が君に呪いというものを体験させてあげよう。」
「は?何を言ってるんですか」
まぁそんな反応になるだろうな。全く信じていないって感じだ。これはかかるかな?外したら恥ずか死ものだ。よし!ここは気合を入れてやらなければ。
私は一度を目を瞑り深呼吸をする。
出来るだけおどろおどろしく、おどろおどろしく、おどろおどろしく……おどろおどろしくってどんなんだ?声を低くすればいいのか?圧を欠ける感じか?あ、変な声出しそうになった。ああ面倒くさい!!もういつもの感じでいいや。
「蔵山君、君に今呪いをかけた」
「だからな――」
蔵山君の言葉を掌で制する。問答無用だ。
「この呪いは最初は効果が小さい、しかしその効果は時間をかけて、徐々に、ゆっくりと、確実に大きくなる。最初は道路でつまずいたとか、物忘れをしてしまったとか、本当に小さな事から始まるんだ。だからこの呪いはいずれ君に大きな失敗や病気という災禍を与える。あ、今そんなこと呪いがなくてもあり得ることだと思ったろう。確かにそうだ。呪いが無くてもそういうこともあり得るだろう。だけど今後君に降りかかる災いは全て呪いによるものなんだ。いくら否定しても意味ないよ。そういう呪いなんだよ。心に刻む呪いだ。その傷はゆっくりと、確実に、間違いなく君の命に届く」
「…………」
多少ゴリ押し気味だったが、どうやら蔵山君は効く方の人間だったようだ。顔が真っ青になってる。さっきまで呪いなんて存在しないと言っていたのに今はもう信じ切ってしまっている。まあ呪いをかけた相手が私だから、と言うこともあるのだろうが。
しかし、このままでは話が進まない。種明かしと行こうか。
私は蔵山君を安心させるため柔和な微笑みを作る。
「なんてね。冗談だよ。冗談」
「え……冗談?」
「その通りジョーダンだ。この笑顔見ても信じられないかい」
「……いや、それじゃあ余計に」
「なんだって」
「何でもありません……」
まったく、私の渾身の微笑みを見ても信じないなんて心外すぎる。
「とにかく、今君にかけたのはただの呪いもどきだ。これから先、君に悪いことが起きてもこの呪いもどきとは何も関係は無いよ。だけど、分かっただろう呪いがどういった類のものであるのか」
「なんとなく……ではありますが分かりました。だけど、これは……」
「そうだね、この呪いもどきは個人や状況によって効果が全く変わってくる。君みたいなオカルトを全く信じていない人間に効くこともあれば、オカルト信者なのに全く効果がないなんてこともある。要は相手の性格によるって奴だ。それだけに綺麗にハマってしまえば本物の呪いと変わらない効果を発揮する。心の傷という形でね。つまり、呪い……呪術と言うのは心に干渉する術なんだ。だから個人差があり、呪術を信じる者と信じない者が出て来る。君の妹さんは呪いを信じやすい性格だった。ということだよ」
「でもそれじゃあ」
「一度信じきったたものを否定するのは本人でも難しい。何か別の方策を考えるのも手だと思うよ」
「そうですか……」
蔵山君はこの世の終わりの様な顔をして頭を垂れる。蔵山君、世界の終わりはまだ来ちゃいない、その顔をするのは早いぞ。それに……このまま放置したら私のせいで余計に追い詰めた気がするじゃないか。これでは目覚めが悪くてしょうがない――
「蔵山君、呪いや呪術、儀式に魔法。これらの大本には何があると思う」
「………」
蔵山君は頭を垂れたままだ。しかし、私は蔵山君に目を向けたまま続ける。
「それはね、――未知への恐怖だ」
蔵山君の体が少し反応する。よし!どうやら話はちゃんと聞いているようだな。
「呪術や儀式っていうものは古くから存在するだろう。それはなぜだと思う?答えは単純明快、分からない事が多かったからさ。なぜ雷が落ちるのか、なぜ嵐が起きるのか、なぜ飢饉や干ばつが起こるのか。なぜ人は病気になるのか。今はそれらの多くは科学が証明したが、今でも分からないことは多くある。昔ならなおさら分からないことだらけだ。そら恐怖して今の君みたいになってしまうよ」
蔵山君は頭を垂れ両手を組んでいる。その姿は祈りの姿のようにも見えてしまう。
「だが、昔の人々はそのままじゃなかった。未知の恐怖に立ち向かったんだ。未知の恐怖に神という名前を着けてね。そうすることで未知への恐怖を和らげたんだ」
「それが妹のことと何の関係が?」
頭は下げたままだがやっとこっちを見た。その目には力が感じられる。まだ気力はあるようだ。よし!
「関係はあるよ。人は神に対して何を行う。ただ崇拝するだけか?違うだろう、祈りや祈祷をするだろう。許しを乞うたり、感謝したり、豊穣を願ったり、そうやっていく内に呪術や儀式が生まれたんだ。呪術って言うのは形はどうあれ本質的には願いだ。ああして欲しい、こうなって欲しいというお願いなんだよ。つまり君の妹さんには呪術に頼ってまで叶えたい願いがあるってことなんだ。後は分かるね。」
蔵山君は既に頭を上げ、私のことを見つめていた。
「分かりました。先生に相談して良かったです」
そう言って立ち上がった蔵山君は深々と礼をする。いや、そんなことされても困るんだけど。それに
「蔵山君、何度も言うが私は相談を受けたんじゃなくて質問に答えただけだ。しかもただの私見だからね。私との対話はなんてことの無い雑談。そこらへんは間違えないように」
一応釘を刺しておく。
「わかりました。今回の話はすべて雑談です。それでは僕はここで失礼します。本当にありがとうございました。」
そう言って蔵山君はラウンジから立ち去って言った。
「あれは本当に分かっているのか?」
まあ後から何か言ってきてもしらばっくれればいいか。
あっそれと最後に。
確かにかに今は多くの事柄が科学によって究明、判明している。しかしそれでも分からないことのほうが多いんだ。人を呪わば穴二つ、軽挙妄動は控える様にしなよ。
明日も2話投稿します。
2022/3/3一部の修正を実施しました。