じゅじゅつ まえ
不定期更新です。
雑談、雑多な談話、テーマも目的も重要性もない、要するにどうでもよい会話ということ。しかし、時に雑談は雑談であるがために様々な気付きを与えてくれることがある。それは、気負わず気楽に話せるという雑談の特性故のものであろう。
無留間市。規模も人口も平凡で、それなりの歴史を持ち、それなりに近代化された普通の街。
ただこの平凡な街には一か所だけ他の街とは異なる場所が存在している。
その名もブリリアント無留間。
何とも言えないセンスの名を持つが、夢留間市において、バベルの塔もかくやと言われるほどの高さを持つ本棟の存在感と「ブリリアント無留間」敷地内に存在する大型複合商業施設内並みの店舗数から、無留間市内外の人々から注目を集めていた。
しかし、「ブリリアント無留間」本質はマンションである。広大な敷地内にある商業施設も「ブリリアント無留間」に住む住民のために用意されたにすぎず、本来ならこれらの商業施設は居住者のみが用できるのだが、「ブリリアント無留間」のオーナーの好意により居住者以外の者にも利用できるようになっている。
前置きが長くなったがここからが本題。と言ってもただの雑談であるのだが……
――とにかく、この物語はこのマンション「ブリリアント無留間」から始まる。
ここはブリリアント無留間内に設けられた居住者専用のラウンジである。ラウンジ内は落ち着いた雰囲気が漂っており、外界、とりわけマンションの直ぐ近くに設けられた商業施設の賑わいや雑踏すら全く届かない。「マンション内、特にラウンジは居住者の皆さんが落ち着いて過ごせるように致しました」これは「ブリリアント無留間」のオーナーの言ではあるが、外界からの音が全く聞こえないというのは不思議を通り越して不自然さを確信するほどである。そんな不自然なほどの落ち着いた雰囲気が漂っているラウンジ内で一組組の男女が何やら会話を交わしていた。
呪い……まじない。この科学が発達した世界においても未だにこの言葉は無くならない、薄まりはしたが亡くならない。その理由は何だ?得体の知れない者に対する好奇心?それとも謎に対する探求心?いや、違うな、そんなものではない。もっと根源的なものか?だとすれば……
「……せい、……先生、常世先生!」
名前を呼ばれてハッとする。そう、私の名前は空座常世。性別は女でこの妙ちくりんなマンション「ブリリアント無留間」の居住者にして無職である。
そして、そんな私の席の向いの席に座り、苛立たし気にしているこの好青年は……誰だったか。このラウンジにいる以上ここの住人であることは間違いないのだが……あぁ!
「何かな蔵山君」
「何かなって……先生、どうせまたトリップでもして僕の話を聞いていなかったでしょう」
素知らぬ顔で言って見た。名前を忘れていたことは気付かれなかったが、思考に耽っていたことはバレてしまった。まあ前者よりはましか。
「確かに考えに耽ひたってしまっていたがちゃんと話は聞いていたさ、呪術の話だろう?」
「あれは耽ひたっていたってレベルじゃないですよ埋没です」
「おお!中々に面白い事を言うな君は」
ケラケラと笑う私。そんな私を見て蔵山君はハアとため息をついた。
「まあいいですよ、常世先生が考えに埋没するのはいつもの事ですし。話を戻しましょう呪術の話です」
|天丼だ。私に受けたのがそんなに嬉しかったのか?まあそんなことより――
「呪術ねえ」
そう言ってニヤリと嗤う私に、蔵山君は怪訝な表情を向ける。
「何ですかその嫌な笑い方は」
「なんでもないよ、ちょっとした邪推さ」
「な――」
「だってそうだろう、蔵山君。君はこのマンションの住民だ。それはつまり、それなりの資産を持ち、それなりの職についている――あるいは私のような特例……ということだが、まぁ君の身なりや普段の言動からして明らかに前者だろう。そんな人間が呪術なんてものに興味を持つ、ましてや他人にそんな話を持ちかけるかね?普通はそんなことはしない。オカルト趣味というものは一般的に受け入れられているものではないからね。それなのに君は赤の他人である私に呪術について話してきた。私が邪推してこんな嗤い方になるのも無理のないことだよ」
「普通の人は邪推をしてもそんな風には笑いませんよ。だから先生に相談す――」
言いかけて蔵山君はハッと何かに気付く、そして気まずそうに口を噤んだ。――正解、その通りだよ蔵山君。その言葉は頂けない。私もつい真顔になってしまったじゃないか。
「蔵山君、いつも言っているだろう。私との対話はその内容の真偽、軽重に関わらずその全てがなんてことの無い雑談なんだ。だから君が相談のつもりで私に話しかけて来たのだとしたら話はここまでだ」
面倒くさいからね。心の中でそう付け加える。他人だろうが身内だろうが。必要以上に深く関わると碌なことなんてないんだ。「雑談する程度の距離感、これ大事」それが私のモットーだ。
「それじゃあ私は去るとしよう。相談事は私以外の、もっと信頼できる人物にするといい」
そう言って私が豪奢な一人掛けソファから立ち上がろうとした瞬間。
「待って下さい」
案の定、蔵山君は私のことを呼び止めた。嗚呼、面倒くさい。これだから相談事は嫌なんだ。断るにしても余計な手間が増える。
「何かな?」
これからかかる手間に若干辟易としながらも、笑顔で答える。多少張り付けた感があるがそれは仕様がないことだ。
「すいません、相談と言うのは言うのは私の言い間違いです。ただの質問でした」
言い間違い、と来たか。
「それは言い訳としては苦しくないかい。それに内容が多少アレでも相談相手なら他にもいるだろう」
「相談なら既に信頼のおける身内にもしてますよ。それでも答えが出ないから貴方に質問するんです」
「溺れる者藁をも掴むって奴かい?」
「違いますよ、貴方だから質問するのです。このマンション『ブリリアント無留間』に数いる住人の中でも数少ない特・例・枠・の・住・人・である空座常世先生。貴方にね」
そうキメ顔で言われてもなあ……
確かに私は所謂特例枠の人間だ。だけど私はこのマンションでは結構有名人なわけだから他の住民だってそのことは知っている……ああ!だからか!我ながら因果応報、本末転倒だな。
私は短くため息を吐くと、今一度一人掛けソファに深く座り直し、今度は隠すことなく心底面倒くさそうな顔をする。
「相談では無く質問なんだね」
「そうです。質問です」
「質問、ねぇ……、私はただの無職だよ。つまり私が答えるのは間違っているかもしれない私見でしかない――それでも良いのかい?」
「かまいません」
「分かった。話を聞こう。ただね、これは――」
「ただの雑談ですね」
正解。まったく、本当に面倒くさい。
2話投稿です。
2022/3/3一部の修正を実施しました。