復讐~僕の母親達へ~
この物語は実際の法律や行政のシステムとは関係のない、架空のお話です。
僕は今、二人の母親に挟まれている。
場所は児童福祉施設。
僕が最近お世話になっている場所。
そこの会議室に僕の生みの親と名乗る女性と、ほんの半年前まで一緒に生活していた女性、いわゆる育ての親が僕を挟んで、左右にそれぞれ座っている。
「この子の母親は、私です。」
右側に座っている生みの親、カナコが先陣を切った。
「私だって、母親です!」
出遅れまいと、左側に座っていた育ての親、ミキが慌てて名乗り出る。
間に挟まれた僕は、この施設の職員と一緒に座り、目の前の光景を黙ってみていた。
「私はこの子をお腹を痛めて生んだんですよ。」
「私はこの子を必死に育てました!」
二人の言い合いは、留まるところを知らない。
「この子に<カズキ>と名付けたのは私です。」
「私はこの子に<お母さん>と呼ばれています!」
それぞれが自分こそが僕の母親なんだと主張している。
それは二人が僕を欲しがっているからだ。
僕はどちらかの母親の元へ引き取られるらしい。
しかし…僕は正直、どちらとも一緒に暮らしたくない。
なぜなら…。
「あなたはカズキに暴力を振るって捕まったでしょ!」
カナコが声をあらげた。
「あなたはカズキを生んですぐに、捨てたでしょ!」
今度はミキがヒートアップ。
はっきり言ってどっちもどっち。
最低な母親達だ。
ミキは僕への虐待がバレて、最近まで刑務所にいた。
カナコは僕のニュースを見て、僕を迎えにきたと言う。
そんなカナコは結婚していないが、彼氏がいて、その彼はカナコのヒモなので、経済力がゼロ。
「あなたは犯罪者。これから先、カズキの自慢の母親にはなれないわよ。カズキがかわいそう。」
「あなただって!カズキを捨てた事実は変えられないわ!カズキの信頼を取り戻せるのかしら?」
僕の隣で、児童福祉施設の担当さんが、厳しい目を二人に向けて話を聞いている。
今のところ、どっちに対しても不信感しか持てないようだ。
ミキは一度刑務所に入り、更正プログラムをしっかりとこなし、模範囚になり刑期を早く終わらせて僕の元へと戻ってきていた。
ミキの夫もそんな彼女を許し、出所を待っていたのだ。
「私には夫がおります。お金には困りません。」
ミキが自慢げに答える。
「私だって!愛情はたっぷりと与えられます!お金はなくても、幸せにする自信があります!」
負けじとカナコが声を張り上げた。
「お二人とも、少し冷静に。」
担当さんが静かに二人をたしなめた。
二人とも、今すぐにでも飛び出しかねない勢いだったからだ。
「正直私にはお二人とも、カズキ君を養っていかれるのは難しいかと思うのですが…。」
担当さんが掛けていたメガネをくいっと人差し指で上げた。
「そんなことありません!私はこの子の母親です!」
「そんなことありません!私はこの子の母親です!」
二人の声が綺麗にハモった。
僕は思う。
二人とも同じ気持ちなのだ。
二人とも必死に僕を欲しがっている。
だから僕は事実を打ち明けることにした。
「ちょっと、良いですか?」
僕はそう言って立ち上がった。
カナコもミキも、担当さんまでもが僕を不思議そうに見ている。
「カナコさん。僕は10年前にあなたに生んでもらい、感謝しています。」
カナコの顔が勝利の表情へと変わり、ミキを見下した。
ミキは下唇を噛んで悔しそうにしていた。
「ミキさん。あなたは赤ん坊である僕を引き取り、お世話をしてくれました。その事に感謝をしています。」
今度はミキが勝ち誇った顔をする。
カナコは上目使いにミキを見ている。
「カナコさん。あなたは僕を捨てました。だから今さら母親だと言われても正直、納得いきません。」
カナコの顔に失望が生まれ、ミキの顔が晴れやかになっていく。
「ミキさん。僕がよい成績を取れなくて、殴られたり、食事を与えてもらえなかったりしたことは、一生忘れられないトラウマです。」
そしてミキもカナコ同様、顔をあげられなくなっていた。
「僕はあなた達の心を読むことができます。そういう能力を持って生まれたみたいです。」
僕の告白に二人とも目を丸くしている。
ちょうど二人が顔を上げたので、僕は続きを話した。
「カナコさん。あなたはお金に困り、僕を引き取れば児童手当が貰えるから楽になると彼氏に言っていましたね。」
カナコの顔から血の気が引いていくのがわかる。
僕が知るはずのない情報が僕の口から語られているのだから…。
「あなたはお金のために、僕が欲しいのでしょう?」
しかし僕の問いにカナコは答えなかった。
返す言葉がなかったのだろう。
「ミキさん。あなたは旦那さんとの間に子供が出来なくて、離婚されそうになったから、妊娠した振りをしていた。でも、出産予定日が近づくにつれ焦り、赤ん坊だった僕を引き取り、あなたが生んだ子供と言うことにしました。旦那さんは僕が本当の子供だと信じている。だから僕が帰ってくるのなら、離婚はしないと言っていましたもんね。」
ミキの体が震えていた。
僕が赤ん坊だった頃の話が僕の口から語られるのだから…。
「あなたは旦那さんとの離婚が怖くて、僕が欲しいんですよね?」
ミキもまた図星なのだろう、僕の問いには答えなかった。
先ほどまでの二人の言い合いが嘘のようになくなり、会議室は静寂を取り戻した。
担当さんが資料をめぐる音だけが響いている。
資料に目を通していた担当さんが言った。
「二人とも、姉妹なんですね。」
そう、二人は血を分けた本当の姉妹。
もともと二人は仲が悪かった。
家を飛び出した姉のカナコがある日突然、お腹を大きくして実家に戻ってきた。
しかし父親が誰なのか分からない子供を生んでも邪魔なだけだと、出産してすぐにまた家を飛び出した。
そこへ子供が出来ずに離婚を迫られていた妹のミキが実家に戻り、生まれたての僕を見て、自分の子供にすると言い出した。
あまりのミキの必死さに、両親は怖さを覚え、僕を差し出した。
こうして僕には二人の母親が存在することとなった。
しかし二人が僕を愛したことなど一度もない。
姉のカナコは僕を邪魔者だと言って捨てた。
僕を捨ててから一度も実家に顔を出さないし、僕の事を両親に聞くこともなかった。
そして妹のミキは僕を旦那さんを引き留めるための道具としてしか見ていなかった。
だから僕が失敗する度に、「所詮はカナコの残留物」と罵られた。
しかし旦那さんの前ではいつもにこやかに僕に接していたし、仕事で忙しい旦那さんには、ミキが僕に暴力をふるっていることなど知るよしもなかった。
そんな二人の母親。
どちらかにつけと言われても、無理な話だ。
「お話になりませんね。」
担当さんは呆れて、席をたった。
僕の肩に優しく手を置いて、僕を会議室から出してくれた。
会議室には二人の母親だけが残された。
二人は後程来る、施設長さんからお叱りを受けるだろう。
どの面を下げて、迎えに来たのかと。
「しかし…未だに信じられないよ。カズキに人の心を読む力があったなんて。」
廊下を歩きながら、担当さんが感心したように言った。
「あぁ、あれは嘘ですよ。」
「え?」
「あれは二人の両親から聞きました。僕がここに入るって言ったら、私達と一緒に暮らそうと言ってくれましたが僕は断り、ここにいる。だからもし二人が勝手な事を言い出したら、この話をしてやりなさいって、教えてくれました。」
「カナコさんの彼氏とのやり取りも、ご両親は知ってたのかい?」
僕は首を横に振った。
「カナコさんの彼氏は、僕の学校の先生でした。先生は僕の一番の理解者だった。でも、先輩教師からのパワハラで小学校をやめてしまいました。そんな時にカナコさんと知り合い、同棲してしまった。そして僕のニュースを見て驚き、会いに来てくれました。」
「あぁ、あの時の人か。」
担当さんには心当たりがあった。
僕が入所してすぐに1人の男性が僕を訪ねてきた。
頭はボサボサ、ひげは伸びっぱなしのだらしない人。
でも息を切らし、僕は無事なのかと担当さんに詰め寄っていた。
「その後も何度か来てくれて、カナコさんの腹の中を教えてくれました。」
「彼はカナコさんとどうするのかな?」
「カナコさんの本性を知ったので、出ていくのではないですかね。」
「そうか。しかしあの二人はすっかり君の話を信じていたようだね。」
「まぁ、僕と他の人の繋がりなんて眼中にないくらい、自分の事しか考えてませんから、二人とも。似た者同士なんですよ、きっと。それに…本当に人の心が読めるなら僕は今頃どこかの研究室にでも入れられてますよ。」
「ははっ。そうかもな。」
担当さんは僕の言葉を冗談だと思い、面白そうに笑った。
でもね、担当さん、世の中には不思議な事なんて山程あるんだ。
だって僕は、30年先の未来から来たんだよ。
あの二人に振り回された人生を変えたくて、あの二人に思い知らせたくて…。
そして僕を心配してくれた先生や、あの二人の両親の未来も変えたかった。
過去の僕の体に未来の僕の意識を入れた。
だから考え方も話し方も子供らしくなかったでしょ?
僕は過去の体のまま、あの二人に思いの丈をぶつけたかった。
それが今、叶ったんだ。
僕はとても晴れやかな気持ちだよ。
これで僕はやっとあの二人から解放される。
重苦しい鎖をやっと外せたんだ。
僕の未来は変わる。
もう一度、僕は僕をやり直すんだ。
僕の未来が変わると言うことは、周りの人の未来も変わる。
先生…今度こそ、幸せになって下さい。
お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、…僕をミキに引き渡したことを、もう後悔しなくていいよ。
僕のタイムトラベルは、これが最初で最後。
これからは自分の決めた道を後悔しても歩いていく。
それが僕の人生を生きるということなんだと自信を持って歩いていく…。
読んで頂き、ありがとうございました。