11-45 何も言うな
山郷は望月湖の西にある狩り人の村で、狩山の中にある。獣しか食べないワケでは無いが、魚より肉を食べる事が多かった。
望月湖まで釣りに行きたかったが、大人の足でも半日かかる。
山郷社の継ぐ子だったキヨには遠過ぎるし、祝の力を生まれ持つ子が村から出る事は出来ない。
だから諦めるしかナカッタ。
祝の力は強いが、手や腕の力は弱い。狩り向きではナイが釣りなら出来る。
望月湖で泳ぐ魚は、川魚よりも大きいのだろう。鱗をサッと取って腸を抜き、串刺しにしてコンガリと焼く。
アツアツをハフハフしながら食べたら、美味しいんだろうなぁ。なんてコトを幾度、考えただろう。
「キヨ、先読を。」
「はい、スミさま。」
タカ! 覚えてなさい。アッ、いけないイケナイ。
生き物の考えを読めるスミから生暖かい目で見られている事に気付いたキヨは、慌てて頭を切り替えた。
フゥと息を吐き、スゥっと息を吸い込んでクワッ。
「・・・・・・山裾の地の外れ。南に聳える山の中。」
ボンヤリして良く見えない。神、いや守りの力を持つ祝が力を揮っているんだ。
力を強めなければ!
「頂の泉から勢い良く水が流れ、幾つもの滝を。」
フンと気負い、キヨが本気を出す。
「蛇、白い・・・・・・キャッ。」
目の奥に痛みが走った。それから直ぐ、頭の中をグルグル掻き回されるような激しい痛みに襲われる。
痛い、というより苦しい。息が出来ない。
「あか、い、目。」
赤い目をした白い大蛇が舌を出し、シュッと引っ込めた。
蜷局の中に何か・・・・・・アレは私? 私はココに居るのに締め上げられて、折れた!
ナッ、何ですってぇ。赤い目をした白い蛇、といえば。
「オオッ、大蛇神ぃ。」
己と同じ思いをさせる力を持つマホが立ち上がろうとして尻餅をつき、ガクガクぶるぶる。
目を白黒させながら拝み、ベタッと平伏した。
北山での祝攫いの裁きに出向き、助け出された祝の力を持つ子を連れ帰ろうと画策。
大蛇とコッコにより闇へ落とされるも更生し、霧雲山の統べる地を守るために人の守を嗾け統べる地の長に据えた、あの隠の守である。
「止めよ、もう止めよ。読まんでも良い。」
生まれたての小鹿のようにプルプルしながら近づき、キヨの両の肩をガシッと掴んでユッサユッサと揺すった。
今にも泡を吹いて倒れそうだったキヨは目を剝き、アワワと何か言っている。なのにマホは御構い無し。
マホの乱心に隠の守たち、真っ青。
奥津城から戻ったマホが髪を振り乱し、全ての祝辺の守を厳しく追い責めた、身の毛も弥立つオロソシイあの日の事を思い出したのだ。
「良い、もう良い。キヨ、戻れ。戻っておくれ。」
スミに抱きしめられたキヨが我に返り、ツゥっと涙を流した。
「こ、怖かったぁぁ。」
まだ目の奥が痛い。けれどソレより何より心が、魂が痛い。隠だけど、もう死んでるケド死ぬかと思った。
「スミさま。霧雲山の南に在る清らな山から、とても強い力を感じます。きっと、きっと大蛇神が御、御坐すっ。・・・・・・アァァッ!」
キヨが頭を抱え、ジッタンバッタン苦しみ出した。
「何も言うな、キヨ。」
タカがキヨに馬乗りになり、額を掴んで上を向かせた。そして直ぐ、丸めた布を口に突っ込む。
隠でも舌を噛めば暫くの間、動きが止まる。隠は死なない、いや死ねない。なのに酷く苦しむから。
「もう良い。そうですよね、ひとつ守。」
「あぁ、もう良い。私は人の守に話がある。マホ、皆を頼めるか。」
「はい、お任せください。」