11-43 私は私なのに
もう元に戻れない、と思う。
私は私なのに、私の体を動かせない。私は私の隅に追い遣られたまま、はじまりの呪い祝に体を乗っ取られたまま死ぬだろう。
ひとつ守に。いいえ、誰にも何も伝えられないまま。
「何をしている。この山に、霧雲山に強い祝の力を持つ娘が来るのだぞ。動け! 今すぐに動くのだ。」
山守の祝、ルイの体を完全に乗っ取ったテイが叫ぶ。
「祝から離れる気は無いのか。」
ひとつ守がテイに問う。
「何を言う。私は祝、山守社の祝ぞ。」
呪い祝でも祝は祝。間違いでは無い。
「良く聞け。強い祝の力を持つなら親に死なれても、縁の者が死に絶えたとしても、その娘は社に引き取られる。生まれ育った地を離れる事など無い。」
「ハッ。隠の守には先見、先読の力を持つ者も居ろう。祝辺に戻り、確かめよ。」
どちらも居るが、今は。
「テイよ、なぜ偽る。神の御姿を見る事も、御声を聞く事も出来るだろうに。」
・・・・・・。
「私の姿が見えるのだ、声が聞こえるのだ。その目も耳も壊れてイナイ。」
「黙れ、黙れ黙れ。」
テイに体を乗っ取られ、隅に追い遣られた祝は残らず死んだ。
その魂は山守では無く鎮森へ向かい、生贄や人柱にさせられた人の魂を救い、清めようと努める。
祝辺の守なら死んでも力を保ち続けるが、他の祝は違う。死ねば力を失い、触れられなくなるのだ。
その事に気づき、闇堕ちすれば妖怪の墓場へ。苦しみ悶え、隠の世を目指せば奥津城へ。
「テイ、もう止めよ。その体から出て、死を受け入れるのだ。」
「死? 私は死なぬ。」
テイの声が低くなり、闇がブワッと溢れ出した。
「・・・・・・そうか。」
ひとつ守が呟いて直ぐ、山守の獄がピカッと光る。テイに乗っ取られた祝ごと、清らな力で満たされてゆく。
「この力はぁぁっ。」
『大祓』では無く『隠の儀』だと気付いたテイは慌てふためき、ルイの体から勢いよく飛び出した。
けれど見えない壁に打ち当たり、ジュッと音を立てる。
「コレデオワリダトオモウナ。」
物凄い顔をして叫んだテイが、光の獄から姿を消す。
清められたのでは無い。ルイの魂を根の国へ放り込む事で、人の世と隠の世の境へ滑り込んだのだ。
幾ら隠の守でも追えない。深い海に投げ込まれた、小さな石を拾いに行くようなモノ。
「取り逃がしたか。」
一度は捕らえたのに逃げられ、また捕らえようとして少しのトコロで逃げられてしまった。
「ひとつ守、テイは?」
ふたつ守がキョロキョロ。
「イロイロ備えたのになぁ。」
みつ守、ガッカリ。
「過ぎた事を考えるのは止そう。」
「ハイ。」
「葬りましょう。」
ひとつ守に抱きついた二隠、顔を上げてニコリ。
山守の獄に繋がれていた祝が死んだ。
使わしめから知らせを受け、山守神は思い悩み為さる。
新たに選ばれる祝も、いつかテイに乗っ取られてしまう。そうなる前に何が出来るのだろう。打てる手は全て打ったが、見落としは無いかと。
どんなに隠しても隠せないと知っている社の司と禰宜は皆を集め、『次の祝を選ぶ』と伝えた。
山守の祝は早く死ぬ。けれど選ばれてしまえば生きている限り、断る事は出来ない。
祝女も祝人も継ぐ子も皆、死ぬまで山守神に御仕えする決まりだから。