11-37 一家の情状を酌量せよ
雷獣王の失脚を画策した天帝は、王を幽閉したうえで王妃に囁く。『一仕事すれば是王を解放しよう』と。
やまと中つ国、中の東国にある旧松田領の東端から大磯川を調べる。それダケの事。幼い王子を家臣に預け、川を見張れば良い。
数日で戻れるハズだった。
聞き間違うワケが無い。泣き叫ぶ愛児が己を追い、雲から落下する姿を見て『嵌められた』と。
気付いた時には手遅れ。王妃は即死、王子は闇堕ち。母子の魂は『悪取の力』で救われ、雷獣王の元へ。
触れられなくても思いが届かなくても、別れを告げて離れよう。そう思っていたのに・・・・・・。
妻子の死亡を聞かされた是は怒り狂い、天帝に襲い掛かる。が無数の槍に貫かれ、在りもしない罪を列挙されながら公開処刑。
最期の咆哮は愛する妻子への感謝ではなく、謝罪の言葉だった。
「逆賊に違い無い。」
「だがなぁ。」
死後再会した一家は天帝に返報し、逃げる事なく地獄に向かった。取り調べにも協力的で、その供述内容に嘘偽りナシ。模範的な亡者である。
対する天帝は、傍らに人無きが若し。
白澤は演説後、天帝が犯した不正の証拠、是王一家の現場不在証明を携え、地獄へ急行。
一家の減刑を求めたのは白澤ダケでは無い。鳳凰、麒麟、応龒、霊亀も地獄へ突撃。チョットした騒ぎになった。
無罪を訴えているのでは無い。『忖度せず天帝を裁くと同時に、一家の情状を酌量せよ』と訴えているのだ。
「同情すべき情状は有る。」
「考慮して軽減すると、面倒がイロイロ。」
端的に言えば雷獣一家が、天誅を天帝に加えた。ソレダケの事だが、ソレが問題なのだ。
原始時代の中国人は地上で起こる現象の全てを、神の仕業と信じていた。
黄土地帯の北方中国では大雨が降ると直ぐ黄河が氾濫し、少し日照りが続けば直ぐ旱魃となる。天候による影響が無視できない事から、自然崇拝は生まれた。
その最高神が天帝。
天には万物を支配統率する非人格神としての帝がおり、その帝は自然現象や人間の運命など、全てを支配していると。つまり雷獣は天帝の臣下、いや僕。
偉大なる天帝に背き、処刑されたソレらが死後、天帝を害するなど言語道断。なんて声がチラホラ。
「忖度を。」
「どちらに?」
是王の処刑に立ち会った天獄の役人は、心のドコかで『あれ、冤罪じゃね?』と思った。『公開処刑じゃん』と呟くモノも居たが、言い出せなかったのだ。
理由は簡単、保身である。
声を上げれば十中八九、次に狙われるのは己。
冤罪は容易に作れるが、無罪を立証するのは困難を極める。人でも妖怪でも、アリバイを作りながら行動しない。
アリバイが無いのが当たり前。
前漢に防犯カメラも録音機も、電話もパソコンも無い。記憶と証言が全てなので時間との戦い。難易度、鬼!
『人は裏切るが筋肉は裏切らない』を座右の銘にしている歴戦の勇士が、何の準備もせず科挙に挑み、一発合格するようなモノ。
「雷獣王、女王、王子の現場不在証明は完璧。」
「提出された不正の証拠も・・・・・・スゴイな。」
黒である。
白寄りの灰色とか、限りなく黒に近い灰色とかじゃナイ。天帝なのに真っ黒クロ。そりゃ天に代わって誅罰を加えるよ。
絶望の淵に追い遣られた是王の心中、察するに余りある。