11-35 雷獣一家の思い
大陸では天獄も地獄も大荒れ。天帝に対し『帝弟に譲位せよ』なんて声を上げるモノまで現れた。
ガス抜きが必要だと考え、生贄に選ばれたのが雷獣王一家。
王の留守を守っていた王妃は天命に背けず、家臣に王子を預けてから地に下りた。
弱い雷では地に下りる事は出来ない。だから『大暴れする』とか『人を害する』とか叫び、無理やり気分を上げて。
子の声を聞き振り返った母は思うように動けず、中つ国に落ちた。
王妃が叫んでいたのは明里の上空、悪取の糸が殺気や狂気を感知できるギリギリのトコロ。
最期の言葉が『坊や』でも、自動的にタプタプ袋へドボン。
「戦だ! やまとを滅ぼっ」
バタン。
背後からドンと倒され、物凄い力で押さえつけられた。
折れた肋骨がグサグサと内臓に突き刺さり、息が出来ない。起き上がろうとしてもダメなので顔を。なのに何かが頭を直撃し、頭蓋がグチャッと潰れた。
苦しい、痛い。
逃げようとするも思うように動かずチクチク、いやガブガブと何かに足を噛まれている。爪を立てられている。
何だ、何が起きた。どうなっているんだ!
「天帝、・・・・・・天帝?」
ユッサユッサ、ゴロン。
肩を揺らしてもピクリとも動かないので、思い切ってエイッと仰向けにした特級妖怪。苦悶の表情を浮かべる天帝と目が合い、魂が抜けそうになる。
勇気を振り絞って口元に手を向け、息が無いのを確認。ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る首筋に触れた。
「しっ、死んでるぅぅ。」
腰を抜かし、叫ぶ。
「猫又の呪いだぁ。」
「七代 祟られるぅ。」
上級妖怪たち、大パニック。
慌てて近づき、八つの目をクワッと開いた白澤が驚愕する。一歩、また一歩さがって息を呑む。
ブルンと首を振り息を吐くと集まった、いや集められた皆に見せなければイケナイ。行動を起こさなければ多くの血が流れ、中国妖怪が絶滅し兼ねない。そうなってからでは遅いのだと思い直し、前を向く。
「皆、静まれ。呪いは呪いでも猫の呪いでは無い。見ろ、雷獣の呪いだ。」
人の姿に化けた白澤が右袖をブンと振り、見えないモノを見えるようにした。
現れたのは天帝の骸を前足で押さえ、牙を剥く雷獣王。天帝の頭を右の前足で力いっぱい押さえ、吠える王妃。天帝の足をガジガジ齧る、幼い王子の姿。
「雷獣王を捕らえ、妻子の死亡を伝えてから処刑。王妃と王子が死ぬよう仕向けたのも天帝。」
ザワッ。
「死にたくなければ『倭漢講和条約』を遵守せよ。」
前足で骸を押さえたまま、殺された雷獣一家が顔を上げた。揃ってギッと、皆を睨みつけている。
どんなに鈍くても理解するだろう。
雷獣一家は天獄と地獄で生きる妖怪に怨恨を抱き、絶滅させる気でいると。戦争の道具に利用され、妻子を奪われ、見世物にされた是王の怒りは凄まじいと。
白澤は一家の思いを察して思いやり、代弁しているのだ。
戦争なんか止めろ。言葉が使えるのだから話し合え。約束したなら守れ。
親より先に子を死なせるような、幼子を残して死なせるような、親に死なれた幼獣が光を失うような、そんな国にはするな! と。
「やまと中つ国の神、妖怪も戦争を望まない。羨んでも奪うな。他を見下さず博愛せよ。私は天獄を離れ、諸国を漫遊する。忘れるな。いつでも、どこでも私の目が開いている事を。」
天獄に集められた妖怪だけでは無い。地獄の妖怪たちも一斉に平伏し、倭漢講和条約を遵守すると誓った。
が、守るのは講和条約ダケ。内戦なら良いと考えている。