11-33 眠っている間に
手負いの獣に手を出してはイケナイ。
森に入る前、誰もが親から初めに教わる。それから犲は人を襲わないが、熊は人を襲う事。もし森で熊に傷つけられた獣を見つけたら、迷わずソッと離れる事。
熊と目が合ったら慌てずユックリ後ろ歩きし、静かに大きな木の後ろにピッタリ隠れて遣り過ごすよう言い付けられる。
「ミミさんが見つけた犲の子、どうなったの?」
「森で生きる獣たちの命を繋いで、土に成ったよ。」
「・・・・・・痛かったよね。」
「ミミと見つけた時、血が流れて虫の息だった。次の日は雨でね、その次の日に二人で葬ったんだ。」
「アッ、いつも手を合わせる木のところ。」
「そう、あの辺り。」
明は感動していた。
ミミとミカが見つけた犲は、縄張り争いに敗れた群れの子だろう。群れの戦いは、どちらかが死に絶えるマデ続くからね。
親が子を逃がしたのか、その子が一匹で逃げたのか。
その犲は死んでしまったが、人の子に葬ってもらえた。森に入る度に手を合わせてもらえるなんて、とても幸せな事だよ。
・・・・・・この雷獣、タプタプに入れられるんだろうな。
雲の上に戻せるなら戻したいケド、犲は飛べないからね。妖怪の国守が思いっきり、空に投げても届かないだろう。
もし雷獣の親が生きていたら、きっと迎えに来る。来ない、というコトは一匹だけ残されたんだ。一匹は辛いよね。
でも、中つ国では飼えないんだ。
「流さま。この雷獣、どう為さるのですか。」
明に問われた流がイイに分からないよう素早く、シュッと首を切る仕草をした。
「雲の上で生きる獣。中つ国では生きられぬ、飼えぬのだ。分かっておくれ。」
流が優しい声で、イイに語りかける。
「はい。」
イイが答え、ミカの手を握った。
「流さま。雷獣の子、お任せしても宜しいでしょうか。」
「任せなさい。そうだミカ、檻を開いておくれ。」
「はい。」
ミカが手を触れると、シュルッと音がして檻が消えた。
「ミャッ。」 アッ。
逃げようとした雷獣の子を、明が素早く前足で押さえる。雷獣でも狩りの天才、犲からは逃れられない。
「ありがとう。」
二つの尾をユラユラ揺らしながら、流が微笑む。
「ミカ、イイ。また会いましょう。」
怯える雷獣の姿を見せたくなかった明が、明るい声を出して言った。
察したミカが頭を下げ、イイを抱き上げる。二妖の姿が見えなくなると、大きくなった流が雷獣の上にドスン。
「エッ。」
明、ビックリ。
ニャッと笑って流が退くと、雷獣の子が白目を剥いて倒れていた。モチロン生きてマス。
「明里、いや悪取社へ運べば良いのカナ。」
「はい、お願いします。」
悪取社に運び込まれた雷獣の子は目を回したまま、親と同じタプタプ袋に入れられた。
生かす事も逃がす事も、生まれ育った地に戻す事も出来ないのだから、眠っている間に殺すしかない。
ただ雷と共に地上に下りたのなら、風に乗って戻るだろう。
悪取の糸に掛かってタプタプ袋に入ったのは、中国妖怪に命じられたから。
強いられたなら子を咥え、他の雷獣に預ける。預け先が無いなら追って来られないように、他の雲に閉じ込めるなり何なりしたハズだ。
何を命じられたのか分からないが、雷獣の親は子の元へ戻る気だった。あの地を選んだのは大磯川を見張るか、調べるため。
去島が使えなくなったから、松田の縄張りの隅を選んだと思われる。