5-24 理想と現実
セイは、見たくないものは、見ない。聞きたくないことは、聞かない。そういう子だ。
釜戸山から出る時に言われた。止めるなら今だと。しかし、聞き流した。
早稲の村に近い、舟寄せ。早稲の、社の司にも言われた。戻るなら今しかないと。しかし、聞き流した。
「では、行きましょう。」
「私は早稲の、村長の娘よ。」
「そうですか。」
「アンタだけ? 他に、迎えは。」
「いませんよ。さぁ、行きましょう。」
「歩くの。私は、」
「そう遠くありません。舟もありません。戻れません。諦めて下さい。」
「戻る? 私は」
「こちらへ。」
「聞きなさいよ。」
社の司は思った。全く、話が通じない。間違いなく、あの長の血を引いている。
せっかく「早稲の他所の」人たちに助けられ、乱雲山へ行けたのに。自ら幸せを手放すなんてと。
「着きましたよ。」
信じられない。ここが早稲の村?
「ちょっと、アンタ。」
「セイさん。お兄さんですよ。」
ヌエとヒトが、ニヤニヤしながら近づいてきた。
「何よ、ここ。何にもないじゃない。家は」
「私は、ここで。」
「お疲れさん。後はこっちで。」
「ちょっと!」
「来い。」
両の腕を掴まれ、引き摺られるように歩く。
「い、痛い。離しなさいよ。」
「乱雲山って、食い物あるんだな。」
「カツも喜ぶだろう。」
「カツって、誰よ。」
「ほら、よっ。」
今にも崩れそうな家に放り込まれた。驚く間もなく、セイは夢から覚める。
働き者だ。嫌な顔ひとつせず、割り当てられた事を、ササッと片付ける。そして、他の子を手伝う。
何もかもが、違う。なぜ、あんなに手際が良いのか。なぜ、あんなに好かれるのか。なぜ、あんなに美しいのか。
ヒサは思い知る。思い通りにならないと。
「ただいま、ツウ。」
「おかえりなさい、コウ。」
「帰ろう。」
「はい。」
誰もが羨む、似合いの二人。仲良く手を繋いで歩く、幸せそうな二人。
私は、ひとりぼっち。誰も近づいてこない、誰も笑いかけてくれない。誰も、誰も、誰も・・・・・・。




