11-16 禁断の恋?
社を出た明がスッと伏せ、流が背に乗るのを待つ。タンとでは無くソッと上がり、爪を立てないようにシッカリ掴まった。
明の首には悪取の糸で織られた布が結んであるので、流が人の姿に化ければシッカリ握れる。けれど猫の姿では難しい。
その気は無くてもシャキンと、鋭い爪で切ってしまうから。
まぁ化けなくても、シュタッと降り立てるヨ。ニャンコだモン。
「よろしいか。」
「はい。」
流を背に乗せた明はユックリと立ち上がり、社の横に生えている柞の大木へ。木の上から明里の国に張り巡らされている糸の上にタンと飛び乗り、静かにスイスイと走る。
向かうのは松林の北にある、松裏の地。
明はニホンオオカミ。狼の中では最も小型で頭胴長1m、尾長30㎝ほど。耳と前後肢が短く狩りが上手い。つまり乗り心地、最高。
「にゃわぁぁ。」
お目目をキラキラさせ、流れる景色を堪能。
神成山の統べる地は三方を海に囲まれ、残る一方は鬱蒼とした森。その真中にドンと聳える御山の、さらに真中に在るのが渦風社。
大木に登れば弋灘、鎮の東国だって見える。見えるけれど、こんなに大きくは見えない。
荒れ狂う外海と違い、内海は穏やか。入海になっているので波が寄せてこず、心做しか温かく感じる。
贈灘も弋灘と同じくらい荒いと聞くが、違うんだろうなぁ。
「松裏に入りました。あの白い塊が、明里の獄です。」
そう説明しながら、少しづつ速度を落とす。
「大きそうですね。」
遠目にも判る。アレは大きいゾ!
松裏は松田の東にあった『松毒』製造拠点。松田の大王と倅に毒を盛った疑いを掛けられ、滅びて無くなった。
松裏王は松田から与えられた奴婢で毒を試していたが、ソレを嬲り殺していた事を松田王に知られ、民もろとも一人残らず『松毒』で殺されてしまった。
松田に滅ぼされた里や村、国は多い。けれど松裏の民ほど酷く惨たらしい最期を迎えた人は居ない。残り留まっていた闇の濃さ、深さも『異常』としか言えない状態にあった。
神格化する前だったとはいえ、『悪取の力』を以てしても丸一日かかるホド。
「下ります。」
「はい。」
流は前足と後足に力を入れ、強く縋りついた。明はフワッと降り立ち、歩を運ぶ。
「着きました。」
白い獄の近くに建っていたのは、入口が広く横に長い家。住む家では無く、何かを雨や風から守る家だろう。
「どうぞ。」
流が下りやすいよう、明がユックリ伏せた。
「ありがとうございます。」
上品で礼儀正しく、相手の立場を重んじる明の様子に流、大感激! 淑やかに降り立ち、頬を赤らめる。
明は肉食目イヌ科の犲。流も肉食目だが、ネコ科の猫又。生物分類学上の区分は違うが、同じ哺乳類。
恋の予感? 狼は犬とも交配できるが、猫とは・・・・・・。禁断の恋? いやいや落ち着け。明は隠、流は妖怪。友情を深めよう。
「ようこそ、明里へ。」
悪取神が家の中から、にこやかに現れ為さった。
「顔を上げておくれ。」
前足を揃えて平伏す流に、優しく御声掛け遊ばす。