11-11 明暗
人の世、中の東国。大貝山の統べる地にある隠の国、明里。
悪取が大蛇神に願い出て、認められたのは隠の世が開くまでの間、人の世に留まり隠を助け導く事。明里に国を建てる事。
閉ざされていた隠の世が開いたのだ。明里で暮らす隠や妖怪、合いの子を引き連れ、人の世から隠の世に引っ越すのが筋である。
けれど明里の民は隠だけでは無く、人も含まれる。
明里王は悪取だが国長は人。直ぐにドウコウなる事は無いが、悪取でなければ今までと同じように保ち続ける事が出来ないのだ。
明里を隈なく守っているのは、全て『悪取の力』だから。
「行ってくる。」
明を優しく撫で、微笑む悪取。
「いってらっしゃいませ。」
ウットリしながら尾を振る明。
和山社で大蛇神と悪取神の話し合いが行われている頃、人の世にある妖怪の町に激震が走る。
久しぶりに届けられた巻物を受け取り、旧友からの文だと思ってワクワク。近況報告なら良かったのに、内容は物騒な事ばかり。
ナニコレ、嘘でしょう。嘘だと言って。お願い!
「滑さま?」
巻物を読み、フラリと倒れた瓢の長。掴まえ所の無いバケモノで、闇を纏うも形を持たない、人から生まれた妖怪デス。
「タイヘンな事になった。」
差し出された巻物に目を通す瓢の大臣、鯰。頭部は扁平、体は大きく寸胴。口の横から四本、長い口髭が生えている。
髭を地中に刺す事で局地的な地震を引き起こす力を持つ、ナマズの妖怪デス。
「何だこりゃぁ。」
見開き、怒りで唇をワナワナさせる。
「何だ何だ、騒がしい。」
鯰から巻物を受け取り目を通す瓢の臣、竜。頭部は扁平、目は小さく、顔の大半を口が占める。
体は円筒形で手足は無いが、空間を切り取る力を持つ蚯蚓の妖怪デス。
「・・・・・・焼こう。」
証拠隠滅を勧めるミミズ妖怪。
「待て! 急ぎ、あの御方へ御報せせねば。」
恐怖でガクガクするナマズ妖怪。
因みに『あの御方』とは大国主神の使わしめ、稻羽の事です。
「アッ。」
急ぎ立ち上がろうとして捻ってしまい、ギックリ腰になった。痛くて痛くて、脂汗を流す。
「大丈夫でぇっ。」
滑に駆け寄った鯰、スッテンころりん。強かに腰を打ち、低く呻る。
「竜、頼む。コレを大社へ。」
「しかし、この巻物は滑さまに宛てられた信書。朱文字で『進展』と御座います。」
進展とは名宛人が開封し、読む事を求める言葉。瓢が自ら開き、一読したのだ。問題ない。
「それはソウだが、鯰も私も動けぬ。」
確かに。
「コレは持っているダケで罪に問われる劇物、猛毒です。混ぜるな危険な代物です。嫌だ、死にたくない。」
人に化けた竜が頭を抱え、蹲る。
「無茶苦茶だが言いたい事は分かる。分かるがな。今すぐに動けるのは竜、オヌシだけなのだ。」
「ウゥッ、嫌だ。行きたくない。でも行きます。愛する瓢を守るために。」
悲愴な面持ちで立ち上がり、広げられたままの巻物をクルクル。ソッと胸に抱き、涙を流す。
「行って参ります。」
力なく笑い、出雲へ。腰を押さえながら見送る二妖の目は、涙で翳んで良く見えない。
やまとで暮らす事を許された、異なる国の妖怪に課せられた義務を果たすダケ。帰ってくるよ。