11-8 引っ越し、ですか?
霧雲山で別格とされるのは山守神が御坐す山守、頂を守る祝辺、黄泉の門を守る鎮野、水の全てを管理する大泉の四つ。
うち山守社、祝社、鎮野社は地上に在るが、大泉社は水中のドコに在るのか不明。
泉の多い祝辺では頂と大泉が聖地、鎮野は霊境。
大蛇神が御坐す良山、黒狐神が御坐す狐泉、永久中立を宣言している野呂と野比も別格扱い。
これらの地に山守が手を出せば直ぐ動き、祝辺の獄に叩き落す。
「朝餉ですよ。」
囚われ人は獄内に備えつけられた甕で用を足す。けれど山守の祝は別。眠っている間に固定され、寝台の穴から垂れ流し。
ちょん切り台に円蓋を取り付け布を掛けているので、スウスウするケド見えまセン。
初日は水は飲めるが絶食、二日目からは野菜入りの汁粥を食べさせてもらえる。頑固な詰まりが解消され、スキリすると大好評! なワケが無い。
「ンゴムゴゴォォ。」 ナワヲトケェ。
猿轡を解けば大騒ぎ、場合によっては大暴れするでしょう。ご注意ください。ピンポンパンポォン。
「もう六日ですよ。」
祝が溜息まじりに呟き、盆を置いて布を解く。
「聞け! 霧雲山に強い力を持つ娘が来る。」
「ハイハイ。」
「山守神は強いちかっ、ムグムグ。」
大きく口が開くのを待って、匙を突っ込む。
「強い力を持ついけぇっ、ムグムグ。」
グッと匙を突っ込む。
「生贄を御求めだぁっ、ムグムグ。」
ガンガン匙を突っ込む。
「その娘を捕らっ、ムグムグ。」
慣れた手つきで匙を突っ込む。
「捕らえ捧ぁっ、ムグムグ。」
ドンドン匙を突っ込む。
「捧げよぉっ、ムグムグ。」
空の器に匙を入れ、猿轡を噛ませる。スッと立ち上がり獄を出ると、扉を閉めて閂を掛けた。
霧雲山に来るのは決まって、他では生き難いか生き辛い人。祝辺の許し札を持った谷河の狩人、野比の木菟、野呂の鷲の目が連れて来る。
谷河は従う。野比も野呂も祝辺に忍びを送り遣わすが、山守にも祝辺にも従わない。
「もし、いや。」
ウチの祝が言う『強い力』は、強い『祝の力』を持つ人を指す。そんな人が困っていたら、霧雲山ではナク釜戸山に連れて行くだろう。霧雲山から隠すハズ。
「いつものコトさ。」
獄に放り込まれると、三度に一度は同じ事を言う。霧雲山に強い力を持つ『者』か『娘』が来ると。
隠の世、和山社。
朔の夜に開かれる議りと望の日に開かれる議りで、ずっと閉ざされていた隠の世が開かれる事になった。
隠神も狭間の守神も、そろそろ良いだろうと御考え遊ばしたのだ。
人の世はモチロン根の国、常世の国、天つ国にも知らされる。統べる神は大忙し。統べる地に余すトコロなく、良く知れ渡らせなければナラナイ。
人の国でも隠の国でも、妖怪の町であっても。
「悪取様。人の世を離れ隠の世へ・・・・・・引っ越し、ですか?」
悪取神の使わしめ、明が首を傾げた。
「明里の干し貝を持って、和山社へ伺おうと思ってね。要る物を整え、備えているんだ。」
大蛇神から御許しいただいたのは人の世に留まる間、この地で隠を助け導く事。国を建てる事。
明里には人も暮らしている。隠の世が開いたからと、建てた国をドウコウせよとは仰るまい。
明里王は私だが、国長も大臣も狩頭も、海頭も子頭も人。私たちが居なくなっても暮らせるだろう。
もし叶うなら隠も妖怪も今まで通り、明里の国で。