10-75 コイツらさえ居なければ
犲の里と蛇谷の間にある『獣の湯』。
獣が入る出で湯だが、人が入っても襲われない。それはもう険しい山奥に在るので、入れるのは獣や社憑きなど。
御犬社の中でドコに在るのか知っているのは、『獣の力』を生まれ持つ社の司だけ。
『滅びの力』だけでなく『獣の力』も受け継いだと知り、試しに使ってみた。明を連れて訪れた獣の湯は思っていたより広く、人が浸かれる熱さと知り大喜び。
洗い場でゴシゴシしてから流し、ソッと出で湯に入る。離れたトコロに猿とか熊も入っているが、ホンワカとした感じが漂っていて怖くない。
「はわぁぁ。」
社憑きに声を掛けられるまで、イロイロな事があった。小さい時に母と死に別れ、血の繋がりなんてナイのに育ててくれた父も死んだ。狂った人に嬲り殺された。
『逃げろ』って、『生きろ』って言われて逃げたよ。逃げて逃げて逃げて行倒れて、『死ぬんだな』ってね。
「生きてて良かった。」
誰かがポツリと呟いた。皆、同じ事を考えたんだろう。パチャパチャと顔を洗って空を見上げている。
うん、そうだね。生きてて良かった。
母さん父さん、明里で生きるよ泣かないよ。泣いちゃうカモしれないケド、いつか会えるまでシッカリ生きる。遠くから見守ってね。
湯から上がり、新しい衣に着替えた。犲の隠に跨り、張り巡らされた糸の上にピョン。そのまま明里に戻る。
「御帰り。」
プゥンと美味しそうな匂いがした。キュルルと腹の虫が鳴き、ポッと赤くなる。
「さぁ並んで。」
人の言の葉を話す、赤い目をした白い犲。きっと悪取神の使わしめだ。
「はい、どうぞ。」
椀にタップリ、菜っ葉や肉が入った粥を装われる。
これ、食べても良いの? 匙を渡されたってコトは、食べて良いんだよね。と思いながらトコトコ、丸太まで歩いて腰を下ろした。
椀を見つめ、ゴクリ。
「いただきます。」
パクッ。モグモグごっくん。
温かい食べ物なんて、肉なんて久しぶりに食べたよ。お腹も心も満たされてゆく。
「美味しい。」
うん、美味しいね。幸せだね。
鎮の西国は瓢の民がセッセと働き、『合いの子狩り』が行われる前にアレコレ出来た。中の西国が真中の七国より酷かったのは、鎮の西国が落ち着いていたから。
同じ西国なのにナゼこうも違うのか。その思いが禍を齎す。
人を食らう生き物が怖い、恐ろしいのは当たり前。誰だって逃げるし遠ざける。守りたい人を守るため、戦うだろう。
けれど同じ人なのに、人を食らわないのに追い詰め、殺すのはナゼだ。
姿が違う、形が違う。それが何だ! 他より優れているから何だ、劣っているから何だ。羨ましいから貶める? 傷つける? 全く解らない。
人が減ったり、食べ物が少なくて困っているのはドコも同じ。戦なんぞ仕掛けるから、攻めるから足りなくなる。
少し考えれば解る事なのにナゼ人は話し合わず、奪い合うのだろう。言の葉を使い、支え合えば良いのに。
「お助けください。」
コイツらは人では無い。整った娘や育ちそうな子を攫い、売り払いながら来た。
中の西国から松田まで遠く離れている。アチコチで親から離され、穢され、物扱いされた人が居る。殺されたり、死んだ人も居るだろう。
許せない。
コイツらが中の西国から出なければ、人として生きられたのに。コイツらさえ居なければ、みんな幸せに暮らせたのに。
「攫われ人も同じ事を言ったろう。で、助けたのか。」
「い、いえ。」
嫌だ、死にたくない。殺さないで! 嫌だ、嫌だイヤだ。アッ、あぁ・・・・・・殺される。食い殺されるぅぅ。