10-68 負けるな
海から遠く流れた耶万に居るのに、あの光が見えるとは驚いた。言いつけを守って目を閉じ、家の中で小さくなって居なければ目が潰れるだろう。
直ぐにでも、とは思うが待つ。幾ら隠の蛇でも眩しいのは辛い。目をショボショボさせながら遣るのは気の毒だ。
「耶万神。私、そろそろ。」
「お待ち、マノ。あの光は強い。アコたちが戻るまで待って、光が落ち着いてから出なさい。」
可愛いマノを苦しめたくないんだ、解っておくれ。
「はい。」
夜なら大きくなっても驚かれないし、黒いから目立たない。ぶつかると危ないから、灯りをぶら下げて行こう。
「フッフッフ。」
「大貝神、悪い御顔に。」
「何を言う、土。そんなコトは・・・・・・。」
杯の水を御覧になり、パチクリ。
「光江から闇が消えた。隠の国で守られていた闇の力は、とても強いのだな。」
ウンウン。
「はい。『獣の力』も『滅びの力』も、器が小さな人に扱えるモノでは御座いません。それを持たせ為さる御力の強さ、大きさを思うと私、震えてしまって。」
ガクガク、ブルブル。
「そうだね。」
御犬様も隠犬さまも隠で在らせられた。御隠れ遊ばしたが、その御力は悪取神に。というコトは、んんん。
人の世に隠の国を建てる事、大蛇神が御認め遊ばしたのだ。明里は大貝山の統べる地に在るが、耶万に組み込まれたワケでも結んでいるワケでも無い。
「ウフッ、フフフ。」
代替わり為さっても、大貝神は大貝神。
御変わり無いようで何より? イヤイヤ、私がシッカリすれば良いダケの事。負けるな土! 止まない雨は無い。雨上がりには虹が出る。
「土、もう一杯。」
耶万社と悪取社が結ぶ事は有っても、耶万と明里が結ぶ事は無いだろう。もし結んだとしても、間に加津か千砂が入るハズ。
隠の世が閉ざされている今、悪取神や明里と仲良くして悪い事など何一つ無い。
「ホドホドに為さいませ。」
お酒ではアリマセン、お水です。まだ幼いので。
光江でドカンドカン弾けて降り注いだ光は、日が落ちても輝きを失わなかった。落ち着いたのは夜明け前。
「では、行って参ります。」
輿に乗ったマノがニコリ。
「気を付けて。」
耶万神に見送られ、嬉しそう。
「はい。」
フワリと浮かび、スッと西へ。
社を通して先触れを出してある。とはいえ中の東国にある耶万から、中の西国にある出雲は遠い。
神輿を襲おうなんて輩は居ないし、手を出せば直ぐに清められるのだ。死を願うなら近づくカモしれないが、残された者には並並で無い苦しみが待っている。
「アッ、神輿だ。グヘッ。」
逞しい腕で首を絞められ、ジタバタ。
「残される者の事を考えろ。」
「嫌だ、死なせて。合いの子なんて辛いだけ。母さん、何でオレを産んだんだぁ。」
「愚か者!」
バコッ。
「命と引き換えに産んでくれた母に、何て事を言うんだ。オレは人だし親だ、先に死ぬ。けど、死ぬに死ねないよ。頼む、しっかり生きてくれ。」
父に殴られた頬を押さえながら、新たな合いの子がボロボロ涙を溢した。
「肉が好きなダケで姿、形は同じなんだ。言わなきゃ判らない。きっとドコかに人と合いの子が同じように暮らせる、そんな国が在る。在るんだ。」